妹尾昌俊アイデアノート

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「信長の政略」は信長のイメージを変える本

こういう本を待っていたという作品です。谷口克広さんの「信長の政略」は、信長の合戦上の駆け引きや城下町の移転政策といった他の本でもかなり取り上げられている話題だけではなく、一般読者向けに、信長の内政や外交について大変分かりやすく、かつ面白く書いた、貴重な一冊です。この7月に出たばかりですが、一気に読んでしまいました。

信長の政略: 信長は中世をどこまで破壊したか/学研パブリッシング
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ところで、先日読んだ記事に、ゲーム「信長の野望」の開発者、シブサワ・コウさんのインタビューが紹介されていました。当時、戦争ゲームに「経済」の概念を組み込んだ作品は他にあった?という質問に対して、「なかったと思います。戦国時代を再現すると考えたとき、戦争はごく一部の要素。経済や社会、文化を表現しないと薄くなりますから。」との答えは、至言だと思います。この本を読むと、文化面は弱いですが、信長の経済や社会に向けた政策がよく分かります。

興味のある章をつまみ食いするのでもよいでしょう。各所に、これは史料で裏付けられているとか、これは世間(歴史ドラマなど)では一般的だが、学説としてはこういう理由で否定されているといった解説もあります。著者の谷口さんは信長研究の第一人者、著作は何冊か読んでいますが、大変まじめなお人柄なんだと推察します。いくつかもっと踏み込んでほしいという箇所はありますが、それは著者のせいというよりは、おそらく学界全体として研究がまだ進んでいない領域ということだと思います。

ところで、信長と言うと、「誰にも横柄で傍若無人な魔王」、「それまでの伝統や常識にとらわれず、一気に中世的なものを破壊していった乱世の革命児」といったイメージがあります。この本は、それが当たっている部分と、はずれている部分がある、ということを多面的な視点から炙り出します。

いくつか印象に残った内容をメモしておきましょう。

〇信長の外交
・対足利義昭をはじめ、相手の出方をうかがいながら、辛抱強く対応することが実に多かった。室町幕府の権威なんてそっちのけで対していたわけではない。また、朝廷の権威回復にも尽力しており、伝統的な価値を、利用する意図はあったかもしれないが、否定しようとしていたわけではない。
・強大な相手には実にへりくだって慎重に対応している。特に信長の上洛前の武田信玄上杉謙信に対する外交を見ていると、横柄で尊大な姿は見えてこない。

〇信長の合戦
・信長は畿内という最大の経済圏を抑えたからこそ、兵力や物資を調達でき、多方面での戦国大名に対することができた。桶狭間の戦いなど一部を除いて、ほとんどの合戦では、信長は数的な優位のもとでしか戦わなかった。実に慎重である。
・信長が直接指揮した合戦では、籠城戦(こちらが城にこもって防戦する)は一度もない。慎重は期するが、積極的に打って出るのを基本戦術としていた。
・彼の馬廻りをはじめとする近臣を引き連れての機動力、スピードが活かされた合戦が何度もあった。信長のすごみは鉄砲などの活用だけではなく、スピードである。

〇信長の内政
・信長は他の戦国大名に比べて、流通政策に力を入れたのは確かである。道路・橋などの改修を各所で進めたし、関所の撤廃も一部を除いて進んだ。しかし、教科書で必ず出てくる楽市楽座(座の特権を廃止して自由に交易できるようにしたこと)は、一部の地域限定であり、支配領域全域の及んでいたものではない。
・信長の検地は、荘園制を残すなど、不徹底なものが目立つ。土地の所有関係の徹底した整理は太閤検地まで待たなければならない。信長は商業面には関心が強かったが、農業面は弱かったのではないか。
・当時は質の悪い貨幣が出回っており、信長も他の大名と同様規制を敷いたが、不徹底もしくは逆効果で終わった。貨幣の流通化政策は失敗と言える。


欲張って申し上げると、(先ほど紹介したように)文化面の記述が弱いこと、また信長の外交、合戦、内政の各政策のつながり(ストーリー)をより浮かび上がらせられると、さらに魅力的な本になると思いました。