妹尾昌俊アイデアノート

妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

元気な学校づくりと地域づくりのヒントをお届けします!

3.11に寄せて

今日で東日本大震災原発事故から3年が経ちました。地震が起きた午後2時46分には職場では黙とうが行われ、改めてあの日を思い出しました。死者1万5884人、行方不明者2633人、避難生活による体調悪化や自殺などで亡くなった「震災関連死」は3県で2993人、また、今なお多くの人が仮設住宅や故郷を離れて暮らしているという現実に対して、自分の無力感も感じますが、少し感じたことを書き留めておきます。

僕にとって、4人の子どもの末っ子の次男が生まれたのが震災の年の8月。いま2歳半ですが、震災の直後に僕を除く家族(当時妻は妊婦でいろいろ心配が多かった)は妻の実家に避難させたこともあり、ほぼ次男の成長と、震災からこれまでの時間の流れは、重なります。

・今も小人サイズですが、生まれたばかりはすごく小さくて、4人目なのに赤ちゃんってこんなだっけかと思ったり
・寝返りをしたことがうれしかったり
・ご飯を食べるようになった、歩き始めたは大ニュース
・一方で、転びやすくて危なっかしくなったり
・だっこしたまま寝られると、もうすごく重いからだになってきたり
・上の子もいるので、しゃべり出すのも早かったけど、イヤイヤも多かった(現在進行形)
・最近は電車のおもちゃで1人で遊べるようになった

などなど、いろいろあります。

このように、と言ってもなんなのですが、、、3年って長いんだと思います。

先日ツレうつ(妻がうつ病)のことを書きましたが、うちの場合、明らかに震災後、妻の精神状態はしんどさを増し、以前からたまっていたものがふっきれてしまった感もあり、いまに至ります。

そんなうちの家族ですが、子どもたちもテキトウな親のもとでありながらも、素直に大きく成長しており、妻もたまに死にたいとか言いますが、なんとか楽しいときもありで過ごしています。以上、震災とは多少関係があるような、関係ないような、身の上話ではあるのですが、僕としては、妻子に対して「よく今まで生きていてくれた。それだけでエライ!」って気持ちになることも多々あるのです。

震災やそれに関連して、特にお子さんや親を亡くされた方、いまだ大切な人が行方不明で続いている方に対して、かける言葉は見つかりそうもありませんが、きっと、その方の親しい人は、その方に「あなたが今まで生きていてくれてよかった。」と思うのではないでしょうか。

思えば、震災を機に、日本人の多くが生きるということについて、考え方がかわったり、それまで以上に問題意識をもつようになったように思います。どんなにお金やモノがあっても、一瞬でなくなってしまうことがあったり、大切な人がだれのせいでもなく突然いなくなってしまうことが起こりうるという、見たくない現実を目の当たりにしたからです。昨年公開された邦画を思い出しても、永遠の0も、風立ちぬも、かぐや姫も、一生懸命生きる姿に共感したり、どういう生き方が幸せなんだろうかと考えさせられたりする作品でした。

震災から3年、いろいろな思いや経験をしながらも、生き続けてきたということ自体に、ひとつ価値をおいてみてよいように感じました。