妹尾昌俊アイデアノート

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妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

元気な学校づくりと地域づくりのヒントをお届けします!

読書感想~あなたの子どもが「自立」した大人になるために

学校や教育問題には関心がある、という方はけっこういても、学校の実態やナカのことはあまり知られていないのではないでしょうか?世の中の教育論議を見ていても、ご本人の思い出や経験(成功体験or苦い思い出)にあまりにもひっぱられていると思われるものも少なくありません。学校が10年前、20年前から変わっていないところもあれば、変わっていないところもあるでしょう。また、都会にいると、なんとなくのイメージやママ友同士の会話の中で、「うちは公立の中学校に通わせるのは、ちょっと・・・」と思い込んでいる方もいるかもしれません。いずれも共通するのは、学校現場をあまり見ていないということです。

とはいえ、忙しい毎日。しかも、授業参観の日でもないのに学校に行くには、どうも敷居が高いという方も多いことでしょう。本書はそういう方にも、ぜひ手にとっていただきたい1冊です。著者の平川理恵さんは、横浜の公立中学校で民間人校長としてもう5年目になる方。ご自身の娘さんの小学校のPTA会長をしている経験も含めて、学校のウチとソトからの見えてきたことを率直に語ってくれています。公立学校のがんばりの一端がよくわかる本です。

僕も、息子の小学校のPTA役員をちょこっとだけやったり、文科省の調査で様々な学校を取材したりした経験はあるとはいえ、「へえ~、知らんかった!」という話もちらほらありました。現役の先生(校長はもちろん、一般の教諭も)が読んでも、とても参考になる点が多々あると思います。

本書の魅力はたくさんありますが、ここでは、大きく2つについて紹介します。

第1に、”校長力”とでも言ったらよいのでしょうか、校長としてこんな力量があるといいなあと、思わせるエピソードが満載なことです。たとえば、校長の交渉力。平川さんは、築10年も経過して耐震上心配なプレハブ校舎がなぜ使われ続けているのか、なぜ建て替えがこれまでできなかったのか、教育委員会に日参してかけあったり、学校の過去の文書とにらめっこします。また、校長が出す文書は公文書となり、なにかあったとき責任をとることになりますが、リーガルチェックを誰もしてくれない現状をなんとかできないか、教育委員会にかけあいます。このように、”おかしい”、”変だ”と思ったことを、事なかれ主義ではなく、主体的に動かしていこうとする日々。

これは、平川さんがリクルートトップセールスウーマンほどの人物だったからできることなのでしょうか?もちろん、その経験が活きている側面も大きいと思います。しかし、彼女ほどできるかどうかは別としても、こうした行動力、交渉力、そして変なことは変えようというマインドをもつことは、校長としての基本とも思います。はたして現実はどうなのでしょうか???子どもたちに、主体的に学びましょうとか言っておいて、自分が主体的でないのはおかしな話ですが。


交渉力がわかる事例はほかにもあります。いわゆる”よのなか科”という、実社会のことから考え、学ぶ場を設ける授業。掃除機で有名なダイソンに出前授業をしてもらったことなどは、平川さんらしい交渉力の結果です。しかも、総合的な学習の時間が指導要領上削減され、そうした授業を行うのが難しくなる中、複数の教科を組み合わせて、よのなか科の授業に編成しなおすということをやっています。たとえば、ダイソンの授業は、中学2年生の国語×理科×技術の3教科を組み合わせて実現したそうです。「ものづくり」について学び、日ごろの生活のなかであったらよいなあという製品についてのアイデアを出す。実際にパーツを組み合わせて製品をつくって、つくったものについて、みんなの前でプレゼンテーションするなど、3教科を組み合わせた工夫がこらされています。

また、平川さんの取組を読んでいると、交渉力だけではなく、教職員の力を引き出す力やフィードバック力も高いなあと思いました。先生たちのがんばりや生徒の様子、それらのすべてのヒントは授業にある、ということで、授業を観に行き、空いている席で50分間生徒といっしょに授業を受けるのだそうです。細かくノートをとり、気付いたことを疑問点などを授業の後でその教員に伝えているというのです。

これは、おそらく抵抗があった先生もいたでしょうが、慣れてくると、平川さんから褒められる、認められることがうれしいという方も多くなったのではないでしょうか?実際に教員の声も聞いてみたいところです。

次に、本書の魅力の2つ目の点として、具体的な問題提起が多いことです。本書の大筋からすると、細部かもしれませんが、細部があやふやだと、大きなことも揺らいでしまいかねません。
たとえば、中学校の職員室でネットにつながっているPCは3台だけ。セキュリティのためと教育委員会は言いますが、一方でUSBでデータは持ち出し放題という、それなりの企業では考えられないような実態は、僕も知りませんでした(他の学校や地域ではそうではないところも多いかもしれませんが)。

また、県から支給される教職員の交通費(教職員の人件費等は国と県がもっている)は、一定の基準で配分されていますが、修学旅行の下見や当日の分も含むため、多くの学校では年度の半ばで枯渇してしまい、教員の自己負担になっているとのこと。業務で必要な交通費を出してもらえないなんて、フツーの企業では考えられないことです。この交通費の話が示唆することは2つ。1つ目は、公教育にかける財源は、横浜市や神奈川県のような、地方よりもよさげなところであっても、相当厳しいであろうこと(もしくは優先順位が低いかもしれないこと)。2つ目は、かなり現場の教職員の善意に依存して継続している取組が多いということです。部活動などは、わずかな手当しか出ませんし、土日返上してやっている方も多く、まさに善意に依存してやっていることの典型だと僕は見ています。

さて、以上いいなあと思う点を紹介しましたが、若干、疑問だった点やもっと知りたいことも伝えます。一番大きな点は、平川さんの後で、こうした優れた取組が継続して発展していくだろうか?という点です。本書では、副校長と相談しながら進めたことなどは書かれていますが、一般の教職員との関係がよくわかりません。熱心に取り組む方が異動したとたん、トーンダウンするという取組は、官民問わず、よくある話です。

コミュニティ・スクールの話や、PTAを主婦でなくフルタイムの方でもやっていけるように変えていくことなどの話もあり、保護者や地域とネットワークを強めることで、継続的な学校の取組をサポートしていくことについては、たくさんのヒントが本書にありますが、教職員との関係の中で、うまく継続的な仕掛けをつくっているのかどうか、ぜひ今度聞いてみたいと思います。


平川さんは校長に赴任したとき、「自立貢献」(受け身ではなく、主体的に取り組んで、周りに貢献できるような大人になること)を中学校の基本理念に掲げました。生徒にも教員にも「自立貢献」と何度も平川さんが言うので、すっかり覚えてもらっているそうです。本書は、以上紹介したように、「自立貢献」を彼女自身がどう公立中学校で実践していったのかを追う1冊であり、またそうした素敵な大人になりたいなあ、と大人にも思わせてくれる良書です。

あなたの子どもが「自立」した大人になるために/世界文化社
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