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(読書ノート)スペードの3

小説なので、ストーリーについては読んでのお楽しみ。朝井リョウさんの『スペードの3』は間違いなく、おもしろい。

書評の中には、よくぞ女心を(男性の著者が)ここまで表現してくれた!というものもちらほら見かける。そういう読み方もいいかもしれないが、そういう味わいだけだと、ちょっと物足りない気もする。

男であれ、女であれ、人間関係のなかでどこかしらでできる、上下関係、強い者と弱い者(あるいは、あまり好きな言葉ではないが、勝ち組と負け組と言ってもよい)が、実は永続的、固定的なものではありえず、トランプのゲーム(本書では大富豪がモチーフ)のように、変えられるし、自分が見ている(トランプで予想している)ほど他人は強く(or弱く)ないかもしれない、というところに本書の主眼はあると思う。

また、朝井リョウさんの魅力は、この日本社会でみんながなんとなく当たり前と思って、空気みたいにスルーしてしまっているところを、グサっと指摘するところだ。その点で、全体のストーリーにはそう影響しない、細部も面白いのである。たとえば・・・・・

(倉庫の在庫管理などの仕事をする主人公、美知代に本社の新入社員からメールで指示が来るシーン。)
 遅くなってしまって申し訳ございません。本日中の発送をよろしくお願い致します。
 よろしくお願い致します。この言葉は、決して、下の立場から何かを懇願するようなニュアンスではない。もうすでに決まったことを、決まったようにやらせるための強制の言葉だ。 (p.30)

 サービスポートというカタカナ七文字の名前の裏に隠されていた仕事は、伝票、梱包、発送、倉庫、在庫管理と、すべて漢字で書き表すようなことばかりだった。広告やデザイン、宣伝コピー、クライアント、プレゼン、カタカナで表される仕事の全ては、漢字二文字の本社にある。 (p.32-33)


(名刺交換のシーン)
姫々株式会社、東京本社、営業本部、関東営業グループ、第二営業課、商品管理室。そのあとにやっと、菅陽子。
・・・(中略)・・・大きな何かがあって、そこから伸びて伸びて伸びて行く枝の先端に、ちょこんと存在している。その姿に、絶望もするし、安心もする。社会の歯車、というあまりにもよく使われているその言葉を、全く違う方法で、鮮やかに、いやらしくなく表現しているものが名刺だ。だから、美知代は、人の名刺を見ることが好きだった。 (p.28-29)



 どうだろうか?メールの文章や名刺を、こんなふうに読むというのは新しい視点だなあと思う反面、ほんとは気づいてたでしょ?って作者から言われているような気がする個所。『何者』もそうだったけど、このあたりのえぐり方がすごくいい。僕は以前は”小説なんて読んだって、何も役に立たない、全然実用的じゃない”って思いこんでいたけれど、社会や人間関係や自分の生き方に、ちょっと距離をひいて気付かせてくれるものがある小説は大好きだ。

ぜひ女性に限らず、大富豪をやったことがある方なら読んでみるべき一冊だ。

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