妹尾昌俊アイデアノート

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妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

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(読書ノート)平山優『真田信繁』

歴史もの

来年の大河ドラマ真田丸ということで、とっても楽しみです。本屋さんには真田信繁(幸村)関連がすでに盛りだくさん!さて、どれを読もうか、迷っていたのですが、こちら、平山優『真田信繁』。発売されたばかりですが、おもしろくて一気に読みました。

真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実 (角川選書)/KADOKAWA/角川学芸出版
¥1,944
Amazon.co.jp

真田信繁は、悲劇のヒーロー的で、戦国武将の中でももっとも人気な一人。戦国無双などのゲームでもべらぼうに強い(信長の野望では、父の昌幸と一緒に寡兵で強敵に挑むのが楽しい)。ですが、非常に史料が少ないので、どうも実像がはっきりしません。実際、本書によると、信繁のものと思われる文書(手紙など)で残っているものは20通しかありません(うち偽物かもという書もある)。

謎の多い、真田信繁。たとえば、次の疑問がうかびます。

○そもそも名前は信繁?幸村?
関ヶ原のときに徳川軍を苦しめた(秀忠率いる徳川本体を食い止めた)のは有名だけど、その前はどんな人生だったの?
大坂の陣でなぜ強かったのか?信繁って、そんなに実戦経験あったっけ?
○信繁の子どもたちは大坂の陣の後、どうなったのか?

本書では、こうした疑問について、ひとつひとつ解説してくれています。

ところで、信繁に限りませんが、歴史上の人物について述べた本には、大きく3種類あります。ひとつは、司馬遼太郎を代表とする小説。フィクションなエピソードが多いけれど、一番臨場感がありますよね。

2つ目は、フィクションを含めて、面白そうな話を集めて、この人すごかったんだぜ~、今のビジネスにもヒントになるぜ~的な本。これはたまに経済誌などでどこかの社長が好きとか言っている本に多いかも。小説ではありませんが、かなり史料的にあやしい話が多いので注意が必要です。

3つ目は、歴史学的に史料や一部推論も含めて解説した本。こちらは、ともすれば、古文書がたくさん出て学者じゃないと正直読むのはしんどいという本もありますが、一般向けの丁寧な本も最近は増えましたね(いい時代だ)。面白い話が載っていることもありますが、これはだいぶ年数が経った後の史料にしか出てこないので事実だったかどうかは疑問など、注意点をちゃんと指摘してくれます。

この3つ目のタイプとしての信繁の解説本としては、本書は決定版的なものでしょう。平山先生は県立高校の先生にして、とてもよく史料を調査されていて、丁寧に解説してくれますし、かといって、史料にはない話は無視することなく、これはあやしいけど、こういう理由でありえない話とは言えないのでは、といった解説もあって、そこがいいなあと思います。

同じ著者の『検証 長篠合戦』、『長篠合戦と武田勝頼』も面白かった。批判もかなり出ているようですが、それだけよく書いているということでもあるのでしょう。

◎こちらにも感想をアップしています。

my best books 2014

最近、渡邊大門『真田幸村真田丸の真実 徳川家康が恐れた名将』も出て、こちらは新書ということもあり、さらに読みやすそうでしたが、だいぶ内容はかぶっている感じはしました(ざっとした読んでいませんので、正確なコメントはできませんが)。

さて、肝心の中身ですが、特に次の個所が印象的でした。

関ヶ原の合戦直前、兄の信幸と昌幸・信繁が袂を分かつ「犬伏の別れ」。これは後世の軍記物にしか記述がなく、史実かどうかは分かっていないそうです。p115

○第二次上田合戦で、秀忠軍をくぎ付けにした真田父子。史料を検討すると、秀忠軍は、家康から真田家打倒の命で出陣していた(=関ヶ原に向かうためにはなかった)。ですが、尾張・美濃周辺では、思いの外、東軍の武将たちががんばっちゃった(岐阜城を早々に落とすなど)ので、家康は、うっかりしていると徳川軍は貢献してないじゃないか、となるのを恐れ、途中から秀忠へ命令を変更、合流せよと。なので、上田城から撤退することになったという流れ。家康の変更がなく、そのまま長期戦になっていたら、真田家は危なかったかもね。p137など

○前述のとおり、信繁の手紙が残っているのは珍しいのですが、実は、大坂冬の陣の後、親族へ宛てたものなど、数通が残っているそうです。「明日になればどうなるかわからぬ身ですが、今のところは何事もありません。」、「籠城したからには決死の覚悟であり、もはやこの世で会ってお話することもないと思う。しかし、すへ(=娘のこと)のことは、お見捨てなきようお願い申し上げる」など、戦国武将信繁の死生観や家族への思いが伝わる、涙なしでは読めない個所であり、ぜひここだけでも読んでほしいと思います。(p280-286)

大坂の陣でなぜ信繁はべらぼうに強かったのか。そのひとつの仮説は、東軍が弱かったから、という話が本書では紹介されています。なんせ、関ヶ原の戦いから、15年大きな戦はなかったわけで、多くの世代交代がなされており、初陣かそれに近い武将が多かった(特に東軍では)。史料をみると、統率がとれていなかった話(押太鼓の打ち方や周知すらできていなかった)や、たいした損害がないのに陣が崩れ、逃亡する兵が多発する(=味方崩と言うらいしい)話が多く確認されるそうです。

一方、信繁は史料的に確定はできないが、かなり早い時期から父昌幸と戦場に出ていた模様。
敵の隙を見逃さず、家康をあわやというところまで追いつめたというのは、信繁のやはり強さだったようです。