信長の強さの秘密
前回の続き(前回の記事:信長、革命児にあらず)
前回、紹介した本では、信長は旧来の価値観を大きくひっくり返すような人物とは言い難く、朝廷とは協調しつつ、畿内の安寧を図ること(=これが天下布武)に熱心であった、ということがわかった。
関連本も紹介する。
■日本史史料研究会 信長研究の最前線
本書は、中堅・若手の研究者がタイトルのとおり、信長の外交、家臣掌握、合戦、経済・文化政策などについて、世間のイメージや従来の通説的な見解に、疑問に投げかける研究成果がダイジェストされている。1冊でこれだけ紹介されているのは、お買い得!
もっとも、幅広くカバーしているために、ひとつひとつの論点(たとえば、長篠の戦いの勝因の分析など)は、他の本のほうが詳しくて面白い(仕方がないことだが)。
やや細かいけれど、面白かったのは信長と家康との関係だ。戦国時代にあって、生涯破られなかった稀有な例であり、ずっと強固なままだった、と世間的には見られていると思う。しかし、この同盟は途中で質が異なっているというのが最近の通説らしい。
信長と家康の軍事援助の実態をみると、元亀元年(1570)以前と天正三年(1575)以降とでは質的に変化がある・・・
元亀元年以前は、家康の信長への軍事援助が、将軍足利義昭の要請に基づいている。・・・信長と家康は、将軍足利義昭の元で対等な立場にあったと捉えられよう。・・・それに対して、天正三年の長篠の戦いでは、徳川氏は「国衆」と位置づけられ・・・家康は信長の臣下となっていたといえる。(p.80)
実際、家康は武田氏滅亡後、駿河国を信長から与えられ、知行宛行をうけていることからも、この時期、両者は主従関係にあったことがわかる。つまり、長篠以降は、同盟関係とは形式で、実質は家康の従属であったわけだ。
そのほか、本書では興味深いエピソードの紹介が多い。たとえば、信長が相撲好きなのは有名だけれど、ほんと頻繁に相撲大会を開催していたことが記録に残っていることなど。
■結局、信長はすごかったのか?
信長の外交、合戦、内政をみても、世間的なイメージよりは、そう革新的でない可能性が示唆される、というのがこれまで紹介してきた本の内容に共通する話だ。
では、信長はたいしたことはなかったのか?
と言われれば、やはりすごかったということになると思う。わずか一代の間に、尾張1国も未統一・肉親も敵という状態から這い上がり、幾多のピンチを切り抜けて、天下人になったのだから。これまで紹介してきた本にも、信長が世間に過大評価されているのではないか、という問題意識はうかがえるが、信長がたいしたことない、という話はない。
では、なぜ信長だけが天下統一に近づけたのか? 単純に天才、カリスマといった言葉で片付けては浅いし、面白くない。
■信長の強さ、戦略の一貫性
これまで紹介してきた本にはほとんど触れられていないが、僕は、信長のやっていることの一貫性、戦略の太さをすごく感じる。これは、個々の史実の検証という歴史学者が専門とするミクロな視点だけでは見えてこないことだ。むしろ、個別の施策のつながりを捉えなくてはいけない。
信長の強さの秘密というほどではない。言われてみればごく当たり前のことだと思うが、おおざっぱに言うと、次の図のように整理できる。
要するに、信長の強さの秘密は、軍隊の質的な優位性ではなく、量(兵士と物資の両面)で他を凌駕していたことにある。信長は桶狭間の戦いなど、ほんの一部をのぞいて、他の合戦ではほとんど数的優位の中、戦っている。また、信長が直接指揮した合戦では、籠城戦(こちらが城にこもって防戦する)は一度もない(谷口克広「信長の政略」)のも、野戦で出て量で圧倒する確証があったためだろう。
長篠の戦いの勝因について、平山優先生も兵力と鉄砲の量の多さに求めている(「長篠合戦の武田勝頼」はほんと名著だと思う、後日感想をメモしたい)。ちなみに、勝頼の側は、信長が本願寺などに対応しているので、そうたくさんの兵を連れてこれないだろう、とふんでいたことがわかっている。
それで、信長は、なぜこれだけの量的な動員が可能だったのか?それは、領国が豊かだったからだ。そして、これは武田や上杉、毛利などと比べてラッキーだったことだが、信長は京都に近かったし、早くに義昭と結びつくことで京都をはじめとする主要な経済拠点を支配圏に入れたことも効いている。
加えて、楽市楽座や関所撤廃、街道整備など、最近の研究では一部不徹底なところもあったようだが、信長が物流や人流の促進に熱心だったことはわかっている。これらの施策も、領国の経済力を高めることに貢献したことだろう。
図を書いたらわかることだが、信長の強みは、このような個別施策のつながりをうまく好循環にしている点だ。これはたまたまではないと思う。信長の戦略性の強さ、戦略の太さを感じる。
信長の戦略図
(図が小さい場合はクリックしてください)
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