妹尾昌俊アイデアノート

妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

元気な学校づくりと地域づくりのヒントをお届けします!

ある学校事務職員さんと

今日は、文科省主催の学校マネジメントフォーラムというシンポジウムが神戸であって、行ってきました。事例発表への助言者ということで、ちょっとしたコメントを、遠慮なく(笑)。発表者も、聞きに来てくださった方も、みなさん、頑張られている方が多くて、とてもよい刺激になりました。

あいかわらず、久我先生@鳴門教育大学のお話はビシビシくる素晴らしいものでした。来月は、東京でもマネジメントフォーラムがありまして、ぼくも講演+事例発表へのコメントをいたします。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/uneishien/detail/1394038.htm

 

このシンポジウムもとてもよかったですが、今日はぼくにとってすごくうれしかったことがあと、2つもあります!

ひとつは、前から行きたいなと思っていた、天空の城、竹田城に行けたことです。しかも、天候、コンディションは最高で、絶景中の絶景でした~。ぼくのフェイスブックで写真と15秒の動画をアップしています。

ほんとうに雲の上にいるような気持ちになります。昨日、兵庫県の但馬地方(但馬牛がめちゃうまです!)で事務職員研修会があって、その近くだったこともあり、ある事務職員さんに連れていっていただきました。朝6時から車を走らせていただき、ありがとうございました。

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https://www.facebook.com/senoo.masatoshi/media_set?set=a.1453093828119464.1073741992.100002565824680&type=3&pnref=story

 

もうひとつは、闘病中のある学校事務職員さん(Mさんとします)と1年ぶりにお会いできたことです。Mさんは、以前研修会で呼んでくださった縁があり、その後もときどきメールなどでやりとりが続いています。

ちょうど1年前に研修会があり、そのときは普段通りだったのですが、その後、病気が見つかり、いまは休職されています。

今日は早朝竹田城に行って、午後は文科省のフォーラムに行って、そのあいだに1時間弱ほどだけですが、ちょっとだけお見舞いがてらお話できました。

薬の副作用もあるので、おそらくたいへんつらい思いもなさっているのでしょうが、「わたしが休んで、臨時の職員さんが来てくれているんですけど、何かと心配で」と、職場の心配をされているのが印象的でした。また、学校事務職員の処遇や職場での立場がまだまだ弱いところも多いことについて、「わたしらの(ベテラン世代)がしっかり仕事してアピールしてこなれなかったせいかも」、ともおっしゃっていました。

やはり、このあたりが職人気質と言いますか、仕事への誇りを感じるところです。

とても冷たく、ドライに言ってしまえば、たいていの職場は、企業であれ、行政や学校であれ、その人がいなくても、残念ながら職場は回っていくのです。代替要員が来ますし。あのスティーブジョブズだって、いなくなったあともアップル社はちゃんと続いています(かつてのような革新性を続けられているかの議論はあるとしても)。

とはいえ、同時に、使命感と言いますか、もっと職場をよくしたい、とか、わたしも世の中にちょっとでも役立ちたい、という気持ちはとても大切だと思います。重い病気で大変だろうのに、仕事や学校のことをよく気にかけておられるMさんの姿を見て、うまく言えませんが、どうでもいい、休めてよかったと思えるような仕事ではなく、やれてよかった、やりがいがある、と思える仕事をぼくも続けたいなと思いました。

はなはだ月並みな言い方かもしれませんが、人間、無理を重ねてはいけませんが、できるときに、できることをする、自分の力は、大海に一滴を落とすほどの、ほんの小さな影響かもしれないけど、何かの行動をしていくということが大切だなと思います。

帰りぎわに「会いに来てくれて元気がもらえた」とMさんに言ってもらえたのが、うれしかったです。ほんのちょっとした行動だったのでしょうが。もう少し元気になったら竹田城めぐりをご一緒したいです。

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世論の変化、学校は大丈夫か?

福井の池田中の生徒の自殺は本当に悔やまれますが、これで学校教育への世論が大きく変わりつつあるように思います。

それは教師批判、あるいは、学校は大丈夫かという疑問が増幅している、ということ。
少し前までは、学校の多忙化を大きな問題とするときに、「先生たち、朝早くから夜遅くまで頑張ってくれているね」といった雰囲気が保護者や世論にも少しずつ増えてきていると思いました。

このことは、調査データの類いで確認できているわけではないので、慎重に検証する必要はありますが、PTA役員会でもそう感じたし(まあ、PTA役員は熱心な親なのでバイアスはかかっているけれども)、あちこち講演してまわって全国いろんな教職員の声から肌感覚で感じました。
しかし、これが今、大きく変わりつつあります。

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池田中について調査委員会報告書(概要版)では、

本生徒は、担任、副担任の双方から厳しい指導叱責を受けるという逃げ場のない状況に置かれ、追い詰められた。
・・・
担任、副担任の厳しい指導叱責に晒され続けた本生徒は、孤立感、絶望感を深め、遂に自死するに至った。

と明記されています。教師による”指導”(ぼくはこれを指導と呼ぶことには反対ですが)が生徒の死につながったということです。また、この生徒の母親の手記ではこう書かれています(福井新聞2017年10月18日)

子供を教える立場にありながら、自らが犯した、重大な責任に気付かず、悪いとも思わず、反省もせず…。今だに、子供達を教える立場にいる人達に、怒りと悲しみを感じています。

教員と生徒の間の為、叱責という言葉で表現されてはいるものの、私達遺族は、叱責ではなく「教員による陰険なイジメであった」と理解しています。叱責だけではなく、○○を罵倒するような発言、人権を侵害するような発言も、多々あった、と聞いています。

この母親の気持ちに共感する人は、ぼくを含めて多いと思います。

加えて、先日もいじめが増加していることが報じられました。いじめはある時点で定義が拡大したし、どこまでをいじめとするか難しい問題がつきまとうので、単純に過去とは比較しにくい統計のひとつなのですが、そうとばかりは言っていられず、深刻な問題が続いているのは事実です。

www3.nhk.or.jp

こうした報道に接していると、先生たち、少々夜遅くまで仕事している人が多くても、子どものいじめや人権を守れないで、何しているの?
といった反応をする人がいても、不思議ではないと思います。
もちろん、池田中の担任、副担任のような態度をとる先生が全国に多くいるわけでないでしょう。しかし、本当に「学校は大丈夫か?」という疑念がいま増幅しているように感じます。

そんなことを感じていていた折に、昨日はこんな報道がありました。

www.asahi.com引用します。

生徒の母親は2015年4月の入学時、生徒の髪が生まれつき茶色いことを学校側に説明。黒染めを強要しないよう求めた。しかし教諭らは、染色や脱色を禁じる「生徒心得」を理由に、黒く染めるよう指導した。「生来的に金髪の外国人留学生でも、規則では黒染めをさせることになる」とも述べたという。

生徒は黒染めに応じていたが、色が戻るたびに染め直すよう指示され、2年次の16年9月には黒染めが不十分だとして授業への出席を禁じられた。翌10月の修学旅行への参加も認められず、現在も不登校が続いているという。

これを読むと、明らかに行き過ぎた”指導”であると多くの人が感じるでしょう。

そもそも、頭髪”指導”の必要性と合理性はどこまであるのか疑問です。

おそらく、頭髪”指導”が行われているのは、次のような考え方があるためと推察します。

髪染めてる子

⇒学習や生活習慣の乱れのあらわれ

⇒放置しておくと他の生徒にも伝染する

⇒早めになおさせる

ほんまでっか?的なロジックです。髪を染めている子がみんな勉強をないがしろにしたり、他の生徒に迷惑をかけたりしているわけではないでしょう。また、学習や生活習慣の乱れを問題視するのであれば、それは、頭髪”指導”では解決できず、授業についていけるように支援することが本筋なはずです(このあたりの話は拙著にも書いています)。

さらに、本件ではもともと地毛の話なので、この論法では正当化できません。つまり、目的の合理性から言って、かなりあやしい”指導”です。

ひとつ必要性がまだ正当化されうるのは、大学進学や就職の面接のときに茶髪だとイメージ悪いから、高校生活のときから黒髪にしとく、という話です。外国にゆかりのある人もこれだけ増えているわけで、社会の見方も今後変わっていく必要があるのは確かです。また、仮にこの理由があるとしても、個々人の選択制にしたらよいのではないか、という疑問も残ります。

加えて、修学旅行に行かせない、不登校にさせるほど”指導”するというのは、手段の合理性から言ってもおかしい話です。そこまでしなくても、と常識的には思いますよね?

それで、こういう事例も見ていると、やはり、「学校は大丈夫か?」と思ってしまいます。

  • なんのための学校教育なのか?
  • なんのために教師をしているのか?
  • 学校のローカルルールの必要性や合理性をちゃんと考えないで押しつけて、それで本当に思考力や判断力を養う教育ができるのか?

こうした疑問に真剣に向き合ってほしいと思います。

ぼくは、全国各地で多くの先生たちがまじめに、一生懸命に仕事をしているのをよく知っています。子どもへのケアもすごく丁寧で、それがゆえに多忙になっている現実を知っています。しかし、同時に、今のままで大丈夫か、もっとよく考えよう、もっと同僚と協力しながら”○○指導”について見つめ直してみよう、とも感じています。

先生たちが頼りない、という世論が強くなれば、教員免許更新制が導入されたときと同様に、さらなる負担が学校や教育委員会に課されるのでは、と心配します。すでにコンプライアンス研修などを強化しようする動きはあります。

国や教育委員会が見直すべきことも多いですが、各学校でも自浄といいますか、自分たちの教育をしっかり見つめ直してほしいと思います。

池田中のこと、いじめ増加の報道、大阪の頭髪指導のこと。教職員の方や教育委員会の方は、よそで起きたことと脇に置くのではなく、真剣にとらえてほしいと思います。今、どうするか考えて動いておかないと、世論はどんどん学校に冷たくなるのでは、と心配します。

 

★お知らせ 今度かかわっているNPOで学校の働き方改革をテーマに、具体的な取組を立案するフォーラムを開催します。

正直申し上げて、登壇者、参加予定者ともに、すごく多彩でほかでは聞けない話がたくさん出てくると思います。ワークショップもやりますよ~。

※参加申し込みはウェブまたはメールで。

http://www.npofocas.org/

 

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★妹尾の本はAmazon在庫切れが続いておりましたが、復活しました。

多くの方にお読みいただき、ありがとうございます。

 

「先生が忙しすぎる」をあきらめない―半径3mからの本気の学校改善

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思いのない学校、思いだけの学校、思いを実現する学校―変わる学校、変わらない学校 実践編【I】

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変わる学校、変わらない学校―学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道

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校長先生!20時には帰ろう運動ではダメです!

みなさん、こんにちは。連日あちこちに講演、研修しております。

先日ある校長が、「職員には20時には帰るように呼びかけてます」とおっしゃっていました。この学校はいろいろよく頑張っている学校です。地域の伝統校であり、それがよくも悪くも仕事を増やしている部分もあるようです。一生懸命なのはよいことですが、「この呼びかけではダメです」とぼくは申し上げました。

 

理由はシンプルです。

学校の先生は、朝早い人が多いです。おそらく7:30前後には来ている人も多いでしょう。そうすると、19:30まで働いたとすると、12時間労働です。休憩時間は控除する必要がありますが、小中学校は実質まともな休憩は取れていないことが多いです。

別のある市のアンケート調査によると、完全な休憩時間をとれている(つまり、業務はおこなっていない)教員は小中ともに1%でした。多少とっていたとしても、この時点で、残業時間は約4時間ですね(12時間ー7時間45分なので)。

1か月の平日は何日あるでしょうか。だいたい20日~23日くらいです。

約4時間×約20日=約80時間/月の残業これですでに過労死ライン上です。

しかも、次のものを加える必要があります。

・自宅残業

・土日の出勤 

土日も部活指導に出かけたり、休日に静かな環境でまとめて仕事を片付けたいと出勤する人は多いですよね。

仮に土日のいずれかだけ、毎回3時間残業したとします。そうすると月12時間プラスです。仮に土日いつもとなると、月24時間となります(祝日は完全に休んだと仮定する)。

そうすると、先ほどの約80時間に12時間や24時間を足さないといけませんので、100時間前後です。これは7:30~19:30という時計の針が一周したケースでした。

仮に7:30~20:00とすると、4.5/日×約20日+土日の12~24時間=110時間前後となります。過労死イランを大幅にオーバーする水準です。

しかも、これで自宅残業はゼロだった場合です。

お分かりでしょうか?

たしかに今の小中学校にはすごく仕事が多いです。正直、負わされすぎていると思います。そのうえ、放っておくと、国や教委や社会はどんどん学校の仕事を増やす一方です。残念ながら、これまでの歴史がそれを証明しています(そのため、いまの中教審の働き方改革部会では、学校や教員の負担を減らすことを議論しています)。

そんななか、「20時には帰るように」という校長の呼びかけは、理解はできます。せめて20時にはという意味ですし、仕事多い中ありがとうだけど、という意味でもあります。

しかし、上記の簡単な計算でも明らかなように、この水準では過労死してもおかしくない負荷です。悪くとらえれば、本人にその意図は微塵もないのですが、「過労死するくらいの水準で働け」という、ブラックな呼びかけと言われても、反論できないと思います。

このあたりの業務時間と業務量の感覚を校長や教職員はもっておく必要があると思います。

多少残業するときがあっても自然でしょうが、やはり、多くの人が過労死ラインを超えるくらい働ないと回らない、という学校運営は異常です。

19時半や20時以降まで職員室に残っているのは当たり前、という学校も日本中にたくさんあることでしょう。また、「それくらい一生懸命やっているのが教師たるもの当然、よい教師だ」という職場の価値観、学校文化も強いと思います。しかし、それで倒れる人や病気になる人が続出するようでは、ダメですし、みなさん、学校の当たり前に毒されてます

長時間労働については、国や教委が仕事を増やしている責任も大いにありますが、部活動や学校行事、宿題・テストのチェックなど、学校ごとの裁量、教員ごとの裁量のなかで増やしているものもかなりあります。

※誤解のないように申し添えますが、ぼくは「忙しいのは、先生たち自身のせいだ」と言っているのではありません。が、「学校の経営判断や先生たちの判断で、自ら仕事を増やしてきている部分もあるよね、見直せることもあるよね」と言いたいのです。

「20時には帰ろう」ではなく、「18時には帰ろう」くらいで(それでも2時間の残業ですが。。。)、本腰を入れて大きく見直さないといけないと思います。

 

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【忙しい学校 どうする?】小学校教員は専門的でないので定数は少な目、でいいのか?

今日から3連休ですね~。部活の大会とかある方は大変でしょうけど、少しはリフレッシュできそうでしょうか?

食欲の秋。ぼくは、最近すっかりセンブシュー(セブンイレブンのシュークリーム)にハマっており、糖分多めで気を付けないと。徳島県人は甘いもの好きなんですよね~。

↓写真は妻方の父のふるさとからいただいた丹波栗です。めちゃうま。

 

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さて、先日、中教審の働き方改革の部会があって、教員定数(国の標準)の決め方についての話題になりました。小学校はあらゆる教科を教えないといけなくて、1日ほとんど空きコマがない。この配置はなんとかできないか、あるいは教科担任制にできないかという話で。

まずは実態を見てみましょう。教員勤務実態調査2016年実施によれば、週のコマ数は次の分布となっています。ついでに有休取得日のデータもあったので載せておきます。

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 これを見ると、なんと、小学校では週26コマ以上が4割、21~25も34%もいます。たいして、中学校は担任をもつ、副担任をもつで違いはあるでしょうけど、21~25が5割で、26コマ以上も2割いますね。26コマというと、5時間×4日+6時間×1日ということなので、週で3コマ前後しか空き時間はないということです。その空きコマも休憩ではなく、授業準備、提出物や宿題のチェックとコメント書き、各種事務、場合によっては会議なども入ります。

 

詳しい議事録は後日公表されると思いますが、文科省の幹部の方(とても熱心ないい方です)の説明の要点として、ぼくが理解したところは次の内容です。

  • 小学校も中学校も、基本は学級数に応じて定数が決まる制度となっている。
  • 中学校ではより専門性が高い教育が必要ということで、学級数に乗じる計数が小学校と異なる。そのため中学校では教科担任制が敷けるようになっている。
  • 教員定数については、教員免許制とも関係してくる。中学校ではその教科の専門の免許。小学校で教科担任制にするとき、この免許制とも絡みも考えていく必要がある。
  • これまで学級担任制で長く続けてきた小学校の在り方をどう捉えるかにも関わる話。

詳細はまだ勉強中なので、ぼくの誤解があるかもしれませんが、同じロジックが高校についても言えるようです。高校は週15コマとか、小学校の25コマ以上などと比べてよほど空きコマがある場合が多いです。それはなぜなのか。専門性が高いからということのようです。

 

要するに、こんなロジックでしょうか?

小学校の先生は、それほど各教科の専門性は要らないよね~

だったら、授業準備も比較的ラクだよね~

だったら、定数上も中学、高校と比べて劣悪でいいよね~

 

この理屈、どう見てもオカシクないですかーーーー???

いまや道徳や外国語も入ってこようとしています。

9教科や10教科も教えて

(音楽や家庭科は専科の別の先生が教えてくれる場合もあるが、小規模校等ではそれもできない)

+学級活動や学校行事などもやる

+怪我も多いので子どもの給食や掃除、休み時間もしっかり見ておくことが多い

(+地域によっては小学校でも部活動も面倒見る)

 

これでは、小学校も過労死ラインを超える人が続出するわけだ。

それにどうですか、小学校も明らかに授業準備は時間かかりますよ~。

中学校や高校はひとつ準備すれば、それは5クラスとかに展開できますから、言ってみれば、効率的です。小学校の学級担任制ではそれはできず、毎回、新ネタ披露です。

むしろ小学校の先生のほうが専門性うんぬんは分かりませんけど、授業準備は時間がかかる場合も多いはず。

拙著『「先生が忙しすぎる」をあきらめない』でもいくつかデータを紹介していますが、愛知教育大学等の調査(2015年)によると、仕事の悩みとして「授業の準備をする時間が足りない」と答えた教員は、小学校94.5%、中学校84.4%、高校77.8%です。

もちろん、先生の仕事はやればやるほどという性格はあるので、時間が足りないという回答は多く出る傾向はあると思います。それにしても、この数字は高い。ほぼすべての小学校教員が授業準備の時間が足りないと言っている、というのは異常です。

だって、そうでしょう?

みなさんがかかっているお医者さんが、医学の最新情報を手に入れる暇なんてないよ、とほぼすべての方が言っていたら、この国大丈夫か?って思うでしょう!?

その中教審の場で僕は次の趣旨のコメントをしました。

  • 教員定数が教員免許や学校の在り方にも関わる話ということは理解しましたが、2020年度からの学習指導要領はこれまで例をみない大きな改革と聞いています。
  • この時期、いまが学校の在り方を含めて、定数の決め方も考える時期ではないでしょうか?

今日はこのへんにしますが、この問題は財源の制約もあるなかで、どうするか、よくよく作戦を練っていきたいと思いますし、問題提起や提案を続けていきます。

 

※教員定数については次の本をいま読んでおります。とってもわかりやすいです!

いま学校に必要なのは人と予算―少人数学級を考える

いま学校に必要なのは人と予算―少人数学級を考える

  • 作者: 山?洋介,ゆとりある教育を求め全国の教育条件を調べる会
  • 出版社/メーカー: 新日本出版社
  • 発売日: 2017/09/30
  • メディア: 単行本
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★妹尾の本も引き続き応援よろしくお願いします。

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「先生が忙しすぎる」をあきらめない―半径3mからの本気の学校改善

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思いのない学校、思いだけの学校、思いを実現する学校―変わる学校、変わらない学校 実践編【I】

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【忙しい学校 どうする?】校長向け研修に労務管理を入れよう

ここのところ、教育委員会や校長会、教頭会、自主的な研究会などにお呼びいただき、全国各地で小中高の管理職向け研修をしています。

地酒(またはワイン)、史跡、海鮮などが好きなものですから、たいていどこの地域に行っても、何かは堪能でき、なんともラッキーです。
テーマは働き方改革、業務改善が最近は多いのですが、組織マネジメント、地域協働、人材マネジメントなども。

教育委員会や校長ら、さまざまな方とお話をしていて、つくづく痛感しているのは、おそらく5年前や10年前と異なり、学校の長時間労働を見直す必要がある、と強く感じている方も多いということです。

長時間労働の問題は、何も今に始まった話ではなく、昔からの話。1950、60年代にもいろんな闘争や議論がありました。その後、給特法の影響もあってか勤務時間の把握などはすっかり下火になった時代が長く続きましたが、最近は再熱、今は風が強く吹いているなと感じます。

先日もある市で、校長や教務主任等を対象にワークショップ型研修をしましたが、部活動の見直し、掃除の時間や朝学習も今のままでいいのか、全国学力テストの試験対策に貴重な3月や4月の授業時間がとられるのは疑問、といった声も、当の校長や教務主任からあがりました。会議の精選などにとどまらず、学校の当たり前を広く見つめなおすことが大事です。ぜひひとつ二つでも、具体的な行動に移していきたいです。

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ひとつ、まだ自分も十分できていませんが、管理職等向け研修でぜひやりたいことがあります。
それは、労務管理の知識、情報をもっと入れていくことです。
校長等はとっても人格者で”いい人”が多いです、全国どこでも。さすがに子どもたちを相手に長年教鞭をとられただけはあります。(例外的にパワハラや人権感覚の薄いの人も稀にいますが。。。)

しかし、組織の長としては、”いい人”だけではダメです。とりわけ、労基法の基本をあまり理解していない人や労務管理の必要性の意識がまだまだ低い方もちらほらいます。

教員は長く時間管理になじまない、などとされてきたこともあり、そのレガシー(負の遺産)と言えますが、でも、今日の長時間労働の実態を見ると、そうとばかりも言っていられません。

ぼくは、本『「先生が忙しすぎる」をあきらめない』などを書くとき、いくつか、教員の過労死・過労自殺で公務災害かどうか(=労災かどうか)が争われた事案の判決文や裁定結果を読みました。いまもまだ読み込めていない資料もあり、勉強中です。

このひとつでもよいので、管理職等の研修で一緒に読む時間をつくりたいと思っています。

そうすると、なぜ労働時間の把握が必要なのかが納得できると思います。公務災害かどうか争いが長引いている最も大きな原因のひとつは、労働時間の記録がないためです。タイムカード等で管理されるのはイヤという先生もいますし、どうせ入れても残業代は出ないのだし、過少申告が横行するという方もいます。ですが、ご自身が万一倒れたときのご家族のためにも、正確な時間の記録は必須です。

また、教員の熱心さに甘えて、と言えば言い過ぎかもしれませんが、管理職はたいして業務量の調整とか、相談にのってこなかったのではないでしょうか?ちょっとした声掛けくらいはしたかもしれませんが、多くは先生たちにお任せだった(教員の自主的な裁量での仕事とされてきた)などとばかり言っていられないことも、よーく実感できると思います。

過労死等の事案を読むと、驚くほど共通点があるのです。それは、多くの場合、その教員が相当強い精神的、肉体的負荷のかかる仕事をしていたこと、周りからのサポートがおそらく少なかった(おそらく周りも余裕がなかった)こと、使命感から一人で抱え込んでいた傾向が強いことなどです。

もちろん、マネジメントや業務改善だけで解決できる話ではないかもしれません。教員定数の改善等も急務だと思います。しかし、もっと職場で何とかできなかったのか、悔やんでも悔やみきれないところがあります。

自分の本の宣伝をしたいわけではありませんが、ぼくの本では、過労死等の事案をそれぞれはごく短くですが、報道等された現実を収録しています。「その箇所は本当に読むのがつらかった」という感想を多くの方から聞きました。

そして、多くの教職員が「他人事にはできない、自分の学校で起きてもおかしくない話」、「自分も似たような働き方をしていた」という感想をおっしゃいます。

危機感を変に煽りたいわけではありませんが、学校教育の関係者は、もっと危機感をもっていいと強く感じています。今日はここまでです~。

 

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【もうひとつ新刊出ます!】あなたの学校にビジョン、思いはあるか、伝わっているか?

今日は、静岡で御前崎、菊川、掛川の3市の小学校長会、講演やちょっとした情報交換をしてきました。

年間のテーマが不登校、問題行動ということで、その話ばかりはしませんでしたが、組織力ある学校づくりという観点で、

不登校などを表層だけでとらえずに、あるいは担任任せだけにせずに、どのように分析し取り組んでいくかという話をしました。

また、不登校ゼロという目標でいいのだろうか?

それはヘンな登校圧力になっていないだろうか?

結果として不登校がゼロになったらなってでいいことかもしれないが、もっと手前でめざすべきものがあるのではないか、

そもそも校長として、どんな子どもたちの力を高めたいか、明確にして、語っているだろうか?その点に関連して教職員の知恵やアイデアを出しているだろうか?

たとえば、やりぬく力、あきらめない力を高めたいという目標の場合、不登校がちな子の場合、その力はどうなっているだろうか、人と接する機会が極端に減ることでそうした力も弱まっていないだろうか、だとしたら、どうしていけばいいだろうか?

学校の教員だけで頑張っても、とてもしんどいケースも多い。だれとどう連携したらよいだろうか?

そんな問いを立てて、振り返る場としました。正解のある世界ではありませんが、学校が抱えるとても重要なテーマです。

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この点とも関連しますが、今度『変わる学校、変わらない学校』の続編が出ます。

いま新刊『先生が忙しすぎるをあきらめない』も多くの方に手に取っていただいていますが(ありがとうございます)、こちらの『思いのない学校、思いだけの学校、思いを実現する学校』も、とっても気合入れて書いてます!

家で写真とりました。派手な絵は妻の趣味です。。。

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まったく自画自賛ですが、とても具体的に、学校づくりを見つめなおし、行動に踏み出せる一冊です。

紹介文として、次のものを書きました。

★★★★★

あなたの学校にビジョンや戦略はあるだろうか?
あったとしても、それは教職員に本当に届き、行動になっているだろうか?

本書では、学校づくりのビジョンと戦略を描き、コミュニケーションし、浸透させていくときのポイントを、ありがちな失敗例をもとに具体的に考える。
学校のグッドプラクティスのみならず、企業等の興味深い知見も紹介しながら、
思いを実現する学校にしていくためのヒントを豊富に解説した。

小中高の管理職はもちろんのこと、教職員、行政職員、保護者や企業等として学校の支援者となる人にとっても、日本の学校を理解し、変えていくための実践的なガイド。

★★★★★

ぜひ手に取ってみてください。学事出版さんに注文いただけるとAmazonよりも早く届きます。リンク先は下記の注文ボタンです↓

 思いのない学校、思いだけの学校、思いを実現する学校:学事出版

 

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【忙しい学校 どうする?】なぜタイムカード・ICカードで管理なのか?

高知に来ちょる(エセ土佐弁です)。

昨日は校長先生や学校事務職員の方向けに、働き方改革、多忙化の問題について考える研修会をしました。この目的は、なぜ長時間労働のままじゃマズイのか、多くの方にしっかり考えてもらって、行動に移すきっかけとすることです。

名物かつおたたきのように、火つけるぜよ!

妹尾 昌俊さんの写真

 

校長先生との意見交換のなかでは、どうしてタイムカード、ICカードを使って労働時間の把握が必要なのか、いまひとつしっくりこない、という話をもちかけていただきました。

僕としては次のことをお答えしました。

第1に、労働法制上、使用者責任としての労働者の時間管理は必要。市立学校であれば、その責任者は市教育委員会ならびにその権限の一部を移譲された校長にある。

そもそも、これまで小中学校は、時間管理がなおざりで、途中の休憩時間もほとんど取れていなかった。これは、労基法違反が横行していたのであり、そのくらいの認識でいてほしい。

 

第2に、自己申告だけで時間を報告させるのは危険である。過少申告が横行しかねない。教員自身が月80時間時間外をこえると、カウンセリングとか面倒なことになるからと言って、79時間がいっぱいになったりする学校もある。実際、愛知県のある地域の学校で過少申告があるのでは、ということは国会でも議論となったこともある。

もっとも、タイムカードなんかも、押したあと残業をするということも起こるので、万能ではない。

 

第3に、教職員が自らの働き方を振り返る意味でも、時間を把握しておく必要がある。自分の働いている時間がわからないまま、長時間労働を削減しようとしても、それはテストをしないまま学力向上をやろうと言っていることに近い。

(あとでもっといい比喩が思い浮かびました。体重計にのらないで、ダイエットしようとするようなものだ。)

 

第4に、万一過労死や病気となったとき、客観的な記録がないと、場合によっては10年とか裁判でたたかうことになる。実際そういう例は全国いっぱいある。教職員の家族のためにも、正確に記録しておくことが必要だ。

 

大学の先生がそうであるように、かつては小中高校の教員もクリエイティブな職で、成果と時間は必ずしも関係しないので、時間管理はなじまない、という考え方が強くありました。

しかし、教員勤務実態調査などを通じて、学校の長時間労働がひどすぎるということがわかり、しかもそれは、教員が自発的に残業していている部分だけでなく、いろんな事情で仕事が多くなっている、やらざるをえない状態で働いている、ということがわかってきました。なので、労働時間も正確に把握して、まずは現状をきちんと理解しようという流れになってきたのだと思います。

 

以上、少なくとも4つの理由から、学校での正確で客観的な労働時間の把握、重要です。

 

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【忙しい学校 どうする?】中教審緊急提言は1ページ目にも注目

8月は怒涛のごとく講演・研修をやっていました(お盆前後は徳島に帰省してゆっくりしました)、9月に入って、少し落ち着いてきました。

※写真は熊本の山鹿での校長等向け研修のあと。
 伝統の渋うちわを名前入りでいただきました。
 栗川さん、山鹿のみなさん、ありがとうございました!

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先日は、各種報道されていましたが、中教審で学校における働き方改革に係る緊急提言が出ました。ぼくも一委員として、事前の案にかなりたくさん意見を述べました。

※このブログは、みなさんの関心を高めたり、議論を喚起したい目的で書いていまして、妹尾の個人的な意見、感想です。中教審を代表するものではもちろんありません。

 

報道では、軒並み「学校にタイムカードを」ということがえらく強調されていますが、個人的には、そこばかりに注目されてほしくはありません。もちろん、時間管理と把握は大事なので、タイムカードやICカードはぜひ入れてほしいとは思っていますが。

※緊急提言を含む資料は下記にアップされています。

学校における働き方改革特別部会(第3回) 配付資料:文部科学省

※こちらのニュースにちらっとぼくも出てます(友人に教えてもらいました)。

www.news24.jp

※新聞記事の例

www.nikkei.com

僕にとって、思い入れがあり、みなさんにもちょっとでも読んでいただきたいのは、1ページ目です。

教職員の長時間勤務の実態が看過できない状況であり,授業改善をはじめとする教育の質の確保・向上や社会での活動を通じた自己研鑽の充実の観点からも,学校教育の根幹が揺らぎつつある現実を重く受け止めるべきであり,「学校における働き方改革」を早急に進めていく必要がある。

この箇所です。

なぜ学校に働き方改革が必要なのかを書いた箇所。

授業改善や自己研鑽の充実のためにも、時間を生み出す必要があるよね、というわけです。

ここはさらっと流されそうな箇所ですが、実は文科省や教育委員会の多くは、これまで「先生たちに子供たちと向き合う時間をもっと確保しよう」と呼びかけてきました。しかし、この記事一番下の関連記事や妹尾の新刊にも書いているように、子供と向き合おうとすぎたあまり、長時間労働は加速してきた側面もあるのです。

だから、今回の提言では、「自己研鑽の充実の観点からも」という言葉が入ったのはよかったと思います。子どもと向きあうだけでなく、むしろ教師が自分と向き合う時間、自分のための時間が必要と思います。それが結果的には子供たちのためにもなるのです。

また、この文章では、「学校教育の根幹が揺らぎつつある現実を重く受け止めるべき」とも書いています。実はこの文言はぼくがコメントして反映してもらった箇所です。まだ舌足らずかもしれませんが、危機感を共有しておきたく、このような表現を提案しました。つまり、教員という人が最大の資源の学校教育において、その人がないがしろにされていたんじゃ、どんな理想の高い教育を目指してもダメでしょう、という問題意識です。

先日、世界的なベストセラー&ロングセラーの『7つの習慣』を読んで、学校の働き方改革やチーム学校について考える研修会に参加してきました。

7つの習慣のなかでは、金の卵を産むニワトリの有名な話を引用して、成果(金の卵)を重視しすぎて、資産・能力(ニワトリ)をないがしろにしてはいけない、という話が出てきます。

まさにこれまでの学校運営や教育行政は、学力を高めよ、〇〇教育をしっかりやろう、生徒指導も頑張ってと、学校や教職員に金の卵を求めてきたわけですが、ニワトリを痛めつけたままで本当にいいの?ということが問われていると思います。

そんな関心をもって、タイムカードも大事な話ですけれど、ぜひ忙しい方も最初の1ページ目もご覧になってください。

 

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◎関連記事

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【忙しい学校 どうする?】長時間労働是正は”指導文化”への挑戦

おととい中教審の学校の働き方改革の部会、第2回がありました。主なテーマは2つ。

  1. 学校の果たす役割、業務の領域はどこまでと考えるか
  2. 教員の果たす役割、業務の領域はどこまでと考えるか

です。つまり、学校ならびに教員の役割がどんどんビルド&ビルドで肥大化してきた結果、たいへん多くの教員が過労死ラインを超える過酷な労働にあるとの認識です。

 

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しかし、この2つ、お気づきのとおり、とってもでかいテーマなのです。話が発散して結局よくまとまらない、とか、以前の中教審などの提言と変わり映えのないものとなった、という感じにならないか、心配でした。

そこで、ぼくは1.については、会議で最初に手をあげて次のことを申し上げました。

今回の審議では、これまでの取り組みの反省点はなんだったのかを踏まえる必要があると思います。数年前にチーム学校の提言はあったわけですし、もっと以前では週休2日制のときに、土曜は子どもたちを家庭・地域に帰そうという理念だったはずです。過去の反省点を踏まえないと、また同じような焼き直しになることを心配します。

わたしは過去の反省として2点考えます。ひとつは、具体論が足りなかったのではないか。家庭や地域の役割が大事などと言ったところで、具体論がないと、前に進みません。もうひとつは、あまりにも金をかけないなかで頑張れとしすぎていたのではないか、という点です。

 

2.については、次の内容を申し上げました。

 学校の働き方改革は、”指導文化”への挑戦だと思っています。学校は〇〇指導ってたくさんありますよね。そもそも学習指導要領ですし、指導主事なんて仕事もあるくらいです。先ほどから、登下校指導を学校の役割とするのかなどのお話もありましたが、もっと時間をかけているところも議論したいと思います。3つ申し上げます。

一つ目は、生活指導、生徒指導です。
給食、清掃、昼休みの世話、こうしたもので1日1時間くらいにはなります。これは担任任せでいいのでしょうか?担任の負担がゼロにはなりませんが、たとえば、地域の方に来てもらって、3人の教員が必要なところを1人で大丈夫なようにするなど、工夫の余地はありそうです。

生徒指導の個別についても議論が必要です。子どもがコンビニで万引きした。なぜ親ではなく、まず学校が呼び出されるのでしょうか?また、個別の生徒への相談などはカウンセラーらにもっと予算を措置するべきです。2週に一度しか来ない人に、学校が任せられるわけがありません。

二つ目は、進路指導です。
そもそも進路は指導できるものでしょうか?選択ならわかりますけど。多くの中高では、進路指導の名のもとで、実際は受験指導が行われています。キャリア教育をもっとしたいなら、地域の方やキャリアコンサルタントにもっとお願いしましょう。

 

三つ目は、学習指導です。本丸です。

これは教員の本来業務ですが、時間の使い方は考えていくべきです。たとえば、研究指定や研究授業があると、多大な準備をかけます。うちの学校は研究指定はなくす、という学校が出て、そういう研究指定があってもいいくらいだと思っています。
また、ひとりあたりコマ数も大事な論点です。定数改善など予算が必要となりますでしょうが、小学校でいつまで9教科、10教科準備しなさいということを続けるのでしょうか?学習指導についてもあり方をよく考えていくべきです。 

より説得力を高めていきたいと思いますが、おそらく、国の審議会で、給食や掃除も含めて、教員、とりわけ担任任せの現状から離せるかどうかを含めて議論していこう、なんて言ったのは、そうないのではないでしょうか?

余裕、余力があるなら、もちろん、教員が見たらよいと思います。でも、現実は実に多くの人が過労死ラインだし、実際過労死している人もいるのですから、多くの時間を使っているところにメスを入れようというのは自然な発想なはず。

まだ議論ははじまったばかりですが、こういう点も含めて、今後もよく検討していけるといいなと思います。

もちろん賛否ある話です。でも聖域をもうけたくはありません。

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 ★参考記事

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原発被災地での学校再開に寄せて

少し久しぶりにアップします。ここ2、3週間は、沖縄、岐阜、静岡、千葉、横浜などの研修会で全国走り回っておりました。

先日は、福島の浪江町の校長、教育委員会向けの研修会にも参りました。飯館村や南相馬市の校長らも何名か参加してくださいました。

浪江町では原発事故の影響で震災後、住民は各地に避難を余儀なくされました。今年なって一部地域を除き帰還できるようになったとはいえ、厳しい状況がずっと続いています。

いまは役場の避難先の二本松市に小中学校もありますが、来年4月に浪江町で建物もリニューアルして再開する目標で、準備を進めています。ただし、震災から6年あまり、子どもたちも親も避難先で生活が既にありますから、どれだけの方が戻りたいと思うか、あるいは戻ることができるのか、というところはあります。

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★こちらに新たしい学校のイメージ図などがあります

http://www.town.namie.fukushima.jp/soshiki/12/16426.html

そんななか、新たな学校づくりに向けて、これまで議論と準備を進めてきているわけですが、相談にのり、助言してほしいということで、ぼくは文科省委嘱の学校業務改善アドバイザーのひとりとして、行ってまいりました。

 

原発事故という未曽有の困難にずっと立ち向かってこられた方々を前にして、自分に何が言えるだろうか、正直悩みました。

いろいろ考えた結果、やはり自分の得意なところで関わりたいと思いました。それは、新たな学校づくりに向けたビジョンと戦略をどう立てるかという点です。

具体的には、こんな話をしました。

  • 新しい学校づくりは、これまでの学校教育を見つめなおす大きなチャンスでもある。
  • 震災後、今も、大変な困難に直面してこられたわけだし、正直、新たな学校づくりと言っても、夢や希望ばかりではないという現実もあると思う。しかし、過去の延長線上だけで未来を考えてよいのか、という点は、今一度考えていきたい。
  • よのなかの流れとしては、たとえば、2020年にはセンター試験が廃止され、一部記述式など大きく変わろうとしている。小中高の学習指導要領も大きく変わる。
  • なぜ、そんな動きがあるのだろうか、という点に思いをはせてほしい。言い換えれば、そこまで改革をしたいと考えるほど、従来型の学校教育だけでは不十分、という認識があるからだ。
  • 中教審の学習指導要領についての答申では、こんな一節がある。

解き方があらかじめ定まった問題を効率的に解いたり、定められた手続を効率的にこなしたりすることにとどまらず・・・・主体的に学び続けて自ら能力を引き出し、自分なりに試行錯誤したり、多様な他者と協働したりして、新たな価値を生み出していくために必要な力を身に付け、子供たち一人一人が、予測できない変化に受け身で対処するのではなく、主体的に向き合って関わり合い、その過程を通して、自らの可能性を発揮し、よりよい社会と幸福な人生の創り手となっていけるようにすることが重要である。

  • 従来型の教育、言い換えれば、これまでわたしたちが比較的重きを置いていたことは何か。それは、中教審の答申で言うところの「解き方があらかじめ定まった問題を効率的に解いたり、定められた手続を効率的にこなしたりすること」である。言い換えれば、効率的な情報処理力を磨くこと。
  • これはこれで、これからも大事なことだ。たとえば、ホワイトカラーの多くのビジネスパーソンにとっては、メールを効率的に正確に理解して、処理することは必須だろう。
  • しかし、それだけでは、おもしろくない。というか、今の目の前の子どもたちは21世紀をずっと生きていくかもしれないのだ。中教審のいうところの、後段の部分の力も伸ばしていきたくはないか?
  • すなわち、学び続ける力、自分なりに思考錯誤しながらチャレンジすること、他者と協働しながら問題解決等を図っていくこと、新たなものを生み出すクリエイティビティ―などだ。
  • ここで改めて、浪江町の新たな学校づくりに向けた計画、ここにパンフレットがあるので、それを読んでみよう。

ここで、ぼくは次のスライドを出しました。ミッシングピース。

浪江町の新たな学校づくり構想には決定的に欠けているものがあるのではないか?

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これは、正直、見るひとによっては大変失礼なことを言ったのかもしれません。

みなさん一生懸命に今まで悩みながら、考えてきたわけです。教職員や保護者等との対話もきっとたくさんしたことでしょう。

そんななかで、わずか数時間しか浪江町(正確には避難先の二本松)にいない妹尾に何が分かる?と思われても、仕方ありません。

しかし、よそものだから、敢えて言えることもある、ひょっとしたら役立つこともちょっとはあるかもしれない。そんな思いで敢えて、こういう挑戦的なスライドにしました。

そして、この問いをもとに、浪江町の校長、教育委員会、近隣の市町村の方たちにも考えてもらい、対話型でアイデアを発表してもらいました。

これは別に模範解答があるわけではありませんが、ぼくの言いたかったことは、それ以前のプレゼンで述べたことと関連しています。

つまり、21世紀を生きる子どもたちにどんな力を伸ばしたいのか、そのビジョンの根幹が伝わってこないのではないか、そうお話しました。

パンフレットなので、ある程度は仕方ないのですが、新しい学校づくりでは、これやります、あれも充実させます、だから帰還してきてくださいね、というトーンが強いです。

しかし、教職員の数もエネルギーも限られています。地域協働も進めていく構想ですが、住民の力も有限です。そんななか、やはり、子どもたちのどんな力をみんなで伸ばしていこう、その根幹がしっかりしていないと、限れた力、資源は分散してしまいます。

たとえば、わたしたちも、浪江の方も、嫌と言うほど震災のときに聞いた言葉は「想定外」。浪江の方にとっては、ふざけるなという怒りの感情も出てくる、言葉かもしれません。

しかし、ほぼ確実なのは、21世紀を生きていく今の子どもにとって、何かしらまた「想定外」なことは出遭うであろう、ということ。そんなときにもしなやかに生きていく、または問題解決等に挑戦していくためには、小中学校のうちから、どんな力を高めておくべきでしょうか、そんな問いです。

 

そんな思いを共有しながら、みなさんとお話してきました。微力ながら、応援しています。また訪問したいです。

★もうすぐ新刊が出ます!予約受付中

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 ★『変わる学校、変わらない学校』も引き続きよろしくお願いします。

 この続編もいま準備中です。学校のビジョンづくりとコミュニケーションを主題にしています。

変わる学校、変わらない学校―学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道

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