妹尾昌俊アイデアノート

妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

元気な学校づくりと地域づくりのヒントをお届けします!

【感謝!】新刊『教師崩壊』にたくさんの感想をいただいております(1)

みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?コロナ禍のなか、健康で生きていられるだけで、ありがたいなあと思う日々です。

 

今月から、あるいは来月から、学校を再開する動きも広がりつつありますね。

長引いた休校明けで、いろいろな難しさやチャレンジがあると思います。不登校の子たちも増えるのではないでしょうか?

関連することは、ぼくのYahoo!ニュース解説や教育雑誌などでも発信していきたいと思っています。

 

さて、先日、いよいよぼくの新刊、『教師崩壊』(PHP新書)が発売になりました!

当初は4月中旬の発売予定で、3月終わりのギリギリまで修正していたのですが、コロナの影響で書店の閉鎖や本の流通にも影響がありまして、1ヶ月ほど遅れましたが、無事発売できました。

※概略はコチラです。

senoom.hateblo.jp

写真は、中学生の長女がつくってくれたPOP案です。ぼくの名前の漢字がちょっとまちがってますが、ご愛敬で(俊はぎょうにんべんではありません)。

 

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手にとっていただいた方々、ありがとうございます。幸い、Amazonの学校教育部門で1位になるほど、多くの方にご覧いただいています。ご感想、意見(ご批判を含めて)、レビューなどいただけると、一層うれしいです。

 

今週は、大竹まことさんのラジオにも出演し、大竹さんと壇蜜さんともこの本の関連することでトークしてきました。

※こちらのポッドキャスト(5月20日)でも、ご視聴いただけます。

www.joqr.co.jp

さっそく、感想も届きました。いくつかご紹介します(一部を抜粋)。

■内田良さん(名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授)


「めちゃくちゃ、勉強になった!」

「徹底して現場目線!」

「データ満載で 学校のいまがわかる!」

 

内田先生、ありがとうございます。お互い問題意識も年齢も近くて、盟友です。ぼくが新書で一般の方向けの本も書きたいなと思ったきっかけが、内田先生の名著『教育という病』(ちくま新書)です。

 

続いて、校長先生からも。

■市場達朗さん(大阪市立東小路小学校校長、元・大空小学校校長・教頭)


これまでの学校のあたりまえを見直すチャンスが今です。
豊富なデーターが盛り込まれ、判断の根拠が明確に表現されている本著です。
教育に携わる人として、現実から目を逸らさず、自分の足元を見つめ直す機会をもらえた一冊

 

■増渕広美さん(前・神奈川県立市ケ尾高校校長)


日頃感じていたことが客観的資料を用いて論理的かつわかりやすく書かれているので、一気に読み切ってしまいました。
しかも、ただ論じるだけでなく、歯に衣着せぬ提案をされていらっしゃるのは、さすが❗️です。
共感、同感の箇所が多く、読み終わってみると付箋いっぱい、メモいっぱいでした😅
御著の投じた一石が、日本の学校教育の転機、変革につながることを心から願っています✨

 

市場先生とは、映画「みんなの学校」の大空小学校を訪れたときに、ご一緒したことがあります。

増渕先生とは、「市ケ尾ユースプロジェクト」という、中高生と地域人材が一緒に地域課題を考えて、行動する探究的な課外活動を3年間、一緒に進めてきました。ぼくもNPOの立場から企画、コーディネート、中高生向けの研修などを手がけてきました。

 

教育委員会のかたからも感想をいただきました。

教育行政の立場として読ませていただきましたが、学校、教職員、子どもたち、保護者、教育行政それぞれに対応した内容だったと思います。

特に考えさせられたのは、「学校って何だろう」とあまりにも基本的なことかもしれませんが、当たり前すぎて見過ごしていた点、元教員として、疑問に感じていなかった点など、著書にあった「教師の感覚の麻痺」、「日本の教員ほどマルチタスクにやっている国はない」、「週休2日でなかった時代と同じ授業数をこなそうとしており、なおかつ質の向上を求められるため自ずと無理が生じる」ということは、漠然と感じておりましたが、先生がズバッと言ってくださった感があります。

国への要望、改善すべき点を明確に代案として記していただき、私も改めて方向性が見えたところであります。

人的支援により先生方の時間を生み出すことはとても重要だと思います。
しかし、最初の章にあったように、先生のなり手が激減しているのは事実です。

自治体も例に漏れず不足しています。倍率も小学校は特にここ数年は低倍率で、受ければ合格してしまうレベルです。

質の低下は避けられません。

だからこそ、質の高い教員研修やメンター研修が必要なのではないでしょうか。各学校でOJTを通じて正しい方向に導き、フォローを欠かさないことが大切です。

先生の著書を参考に、まずは「先生方が考える集団」になり、与えられたことだけをするのではなく、自分で良し悪しを判断し、創意工夫することを忘れてはいけないと感じました。

 

現役の教師の方からも感想をお寄せいただいています。かなり長文のかたも、どうもありがとうございます。

 

■岡崎博吉さん(大分県教育文化研究所理事長)


教育現場の実態がこれほどリアルに示された書籍は私も初めてでした。データはもちろんですが、我々教師の本質論まで踏み込んでいただいております。私も目が醒めました。

私がこちらの本に出会い、感じていることは、「教師崩壊となる前に、教師自身が再度ふんどしの紐を閉め直せ!今、教育現場で真に必要なことから目を背けずに、覚悟を持って挑め!」ということです。御著との貴重な出会いを無駄にすることなく、挑んで参ります。

 

■ある小学校教員のかた

 

①学校に勤めている全ての教員(正規・非正規ともに)に読んでほしい一冊です。「教師崩壊」には、現状の教員の問題点が詳細なデータとともに明確に示されているので、説得力があります。

学校現場には「自分の全てを子供にかける」思いを強くもち、プライベートの時間を削って働いている人がいます。しかし、教員の働き方に疑問をもっている人もいます。そのような同僚にオススメしたい、読んでもらいたい本です。

 

②教師不足については、毎年深刻さを増しています。妹尾先生のご指摘の通り、全国各地の学校で起きていますし、私の身近な学校でも起きています。まさに、パズルの穴を合わないピースで埋めているような状態です。

 

③教員の質については「教師の多忙化と育成不足の負のスパイラル」でおっしゃられている通りです。勤務時間中全て予定が埋まっていますし、休憩時間すら無い状況の中で、若手教員がベテラン教員の授業を見に行ったり、ベテラン教員や管理職が若手教員に対して研修を実施したりする時間が全くとれません

 

④「忖度する主体性」は、学校現場にぴったりの言葉です。特に同調圧力が強く、「例年通り」「伝統文化を引き継ぐ」「昔からやってきたこと」が先行して、新しいことにチャレンジしようと思っても実現しません。私は以前から「教室で掃除機を使えば衛生的かつ効率的に清掃ができる」と訴えてきましたが、令和時代になってもこの意見が通りません。

 

⑤「第3章 失われる先生の命」については共感するところが多く、私は一番関心の高い内容でした。なぜなら、私も心の病で休職をしたからです。 妹尾先生のおっしゃる通りに、過酷な労働で疲れ果ててしまい、様々なところで悪影響が出ています。これもある意味では、「教員の質の低下」と言えるかもしれません。

 

⑥ブラック校則、福井県池田町の中学校での過度の叱責、160問の算数の宿題のやり直し、教員間の暴力問題、わいせつ行為、指導死などについては、同じ教員として理解ができない事案ばかりですし、絶対にあってはならないことです。

 

⑦「第6章の教師崩壊を食い止めろ」については、実現できれば本当に日本の教育が豊かになるでしょう。たしかに学校は欲ばりすぎです。新型コロナウイルス感染症の蔓延で一斉休校が長期化したことをきっかけに、学校では何をスクラップするのか議論を進めています。日本の危機的な状況だからこそ、学校も教員も変わる必要があると思っています。

 

■和田慎市さん(高校教員)


 特に教師はもちろんのこと、教育行政関係者や保護者など教育に関わる方、さらには広く一般市民の方にもぜひ読んでいただきたい本です。

 タイトルからしますと教師の問題点を指摘したり、批判したりする内容を想像してしまうかもしれませんが、いたって建設的な内容の本です(近年、タイトルはどうしても注目されやすくインパクトのあるものになってしまう傾向があります)。

 

 私が評価する点は、この本が教育問題の書籍にありがちな、評論家による学校現場から乖離した理論的なものであったり、逆に主観・感情を前面に出したりしているものではなく、膨大なデータや聞き取りなどのエビデンスをもとに、論理的に述べられているところです。

 もちろん私のような泥臭い学校現場の教師から見ると、一部微妙に認識が異なる点が多少はありますが、逆に考えれば私の限られた実体験・実践の方が特殊であり一般的でないことも考えられます。


 特に最後の6章 「教師崩壊を食い止めろ」は是非読んでいただきたい部分です。

 これまで私は拙著や投稿記事、ブログなどで、「電話応対午後6時まで」「教師の仕事範囲を明確にする→教師の業務ではない仕事を明確に規則等で定め、世の中に周知する」「給特法の廃止、今回の変形労働時間制導入禁止」など、教師の労働環境の改善について具体的に主張してきました。
 著者が第6章で主張されている「欲張りな学校をやめよう!」は、まさしく私の考えとほぼ一致するものですが、その中身は私よりももっと具体的かつ説得力のあるアイデア・対策がいっぱい詰まっています。


 現在の政治や教育行政の現状を見れば、著者や私が考える改革はいばらの道かもしれません。しかし、学校教育や子供達・教師のために、これほどまで熱心に取り組まれる妹尾氏のような方がいるわけですから、私たち教師も足元から少しずつであっても粘り強く改革を進めるべきだと思うのです。
 そして1万人いや十万人規模の教員が動くようになれば、学校教育を大改革する力になると思うのです。
 

 教師の方はもちろん、日本の教育を良くしたい心ある方は、教育・教師の現状や問題点を的確に把握し、解決策を考え実行できるようになるためにも、ぜひ一度読んでいただければと思います。

 

感想をいただいたかた、またこのブログ、今回長文になりましたが、最後までご覧いただき、ありがとうございました。

教師崩壊 先生の数が足りない、質も危ない (PHP新書)
 

 

それから、ぼくの本はどれも思い入れがあります。どれもめちゃ気合い入れて書いていますので。『学校をおもしろくする思考法』も重版・3刷目になりました。こちらもどうぞよろしくお願いします。

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学校をおもしろくする思考法―卓越した企業の失敗と成功に学ぶ

学校をおもしろくする思考法―卓越した企業の失敗と成功に学ぶ

  • 作者:妹尾 昌俊
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

時事問題、教育課題などについては、こちらでほぼ毎週(たまに毎日)のように発信中です。引き続きどうぞよろしくお願いします。

news.yahoo.co.jp

先生たちの学びも止めない!学校をおもしろくする会(ゼミ)始めるよ~!

みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

 

新型コロナの影響で、学校教育の関係者も、とても大変な日々かと思います。翌日に向けて準備していたことが、夕方の会見でひっくり返された、なんてことも起きていますし。学校再開したところも、休校中のところも、心配事は事欠かない日々かもしれませんね。

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【新しい本が出るよ~】”教師崩壊” 5つのティーチャーズ・クライシスを解説

お知らせです。今度(順調にいけば、4月中旬に)、新刊が出ますよ~。

『教師崩壊』(PHP新書)。どの本にも愛着はすごくありますが、今回もです。

 

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独自調査を実施中! 学校が「忙しすぎる」と、教職員の学びを減らす

今年もあとわずかですが、みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

妹尾は全国各地を講演、研修などでまわっていますが、元気に楽しくやってます。

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新刊『「忙しいのは当たり前」への挑戦』のあとがき

みなさん、こんにちは!このブログもとっても不定期更新となっておりますが、お知らせです。新刊が出ました。正確に言うと、今月2冊出ます。

じゃじゃん、第一弾は、『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』です。

 

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八重洲ブックセンターで置いてくださっていました!

学校の働き方改革や業務改善について、みなさんの学校では進んでいますか?

 

  • 「いやー、掛け声だけだよね」というところ。
  • 「早く帰れ」とだけ言われたって、仕事が減らないんじゃ、どうしようもないじゃない、という声。
  • 部活動や行事をめぐっては、いろんな意見が職員のなかでも、保護者のあいだでもあって、どうしたらよいか困っているという学校。

などありますよね。

 

本書では、こうしたみなさんのギモンや悩みを踏まえながら、陥りがちなまちがい(失敗と言うと言い過ぎですが)を避けて、効果のある働き方見直しを進めるための5原則を、とにかく具体的に解説しています。

 

★出版記念のトークセッション(セミナー)もやります。7月6日夕方@八重洲ブックセンター

校則ゼロにしたことで有名な世田谷区立桜丘中学校の西郷校長先生をゲストに、学校は、教師は、真にどんなことに時間とエネルギーをさいていくべきか、深掘りますよ~。

(詳細、お申し込みはこちら)

https://www.kyouiku-kaihatu.co.jp/camp/talkevent.html

 

★★★

きょうは、このブログで、本書のあとがきを公開します。

”あとがき”って最後に読むものじゃないか?と思われている方、

 

はい、ふつうはそうなんですが、あとがきから読むという読書法もあります。あとがきに、その人が言いたいことがまとまっているという場合もありますし。あるいは、執筆の動機とか。

 

なので、もしよかったらご参考になればと思い、アップしてみました。

こうすれば、学校は変わる!  「忙しいのは当たり前」への挑戦

こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦

 

 

 

・・・あとがき・・・

 

 「なぜ、妹尾さんは、働き方改革や学校改善に、これほどアツく取り組んでいるんですか?」

 

 各地で講演・研修などをしていると、時よりこんな質問をいただきます。理由は、大きなところでは3つでしょうか。

 

 ひとつは、熱心な先生の過労死に接したからです。2011年には堺市立中学校に勤務する26歳の前田大仁さんが亡くなっています。教科指導も部活動も熱心で、生徒からもとても慕われていた、2年目の若すぎる過労死でした。

 

 「主人が亡くなったときは10歳だった次女が、もう20歳。これからはお父さんのいない月日のほうが長くなります。」一昨年そう話してくださったのは、工藤祥子さん。横浜市の中学校教師(保健体育)だった義男さんは修学旅行の引率後に体調が悪化し、亡くなりました。40歳。前任校では⽣徒指導専任と学年主任を兼務し、かつ授業数も規定の上限より多く、進路指導やサッカー部の顧問も担うなど、とても“専任”とは言えない多重な多忙のなかにいました。

 

 いくら児童生徒思いだからといって、命を縮めるほどの多種で大量の仕事を強いるべきではないし、このような献身的な教師の過労死は二度と起きてほしくない。そう多くの人が共感されると思います。ですが、上記も含め、教師の過労死や過労自殺があっても、検証報告書らしいものはなにも出ないし、再発防止に向けた施策が自治体等を越えて共有されたという形跡もありません。そして、似た事案がそのあとも実際に起きています。

 

 これはどう考えてもオカシイ。そう感じたのが、ぼくが、教師経験もなく、教育行政関係者でもない、ヨソモノであるにもかかわらず、働き方改革に本格的に取り組むようになったきっかけです。

 

 ふたつ目は、全国各地にとてもいい先生が多いことを知っているからです。ぼくが中高生だった頃の恩師もそうでしたし、仕事を通じて、ありがたいことに、ステキな先生たちと多く出会いました。ママ友、パパ友でもある、同じ年の小学校教諭は、三人の娘さんを寝かしつけたあと、朝4時に起きて授業準備などをこなしています。ですが、ひとつ目と重なりますが、こうした友人たちも“死と隣り合わせ”の現場にいるのです。これはなんとかしたい、自分のできることはしたい、という気持ちで活動しています。

 

 3つ目は、約3年前からぼく自身が脱サラして、比較的自由がきく仕事にライフシフトをして挑戦中であることも影響しています。まだまだ試行錯誤なところはありますが、自分の好きなこと、真に重要と思うことに人生の多くの時間を振り向けられるようになりました。間違いなく、自分や家族の幸福度は高まったと思います。

 

 ついでに申し上げると、働き方改革の成果指標は、時間外月80時間(あるいは45時間)超えの割合とか、残業時間の平均値などとしている自治体が多いのですが、それらに依拠しすぎるのは考えものです。そうした数字のモニタリングは重要ですが、本質的には何がもっと大事かを繰り返し問い直し、共有していかないと、「残業時間が減りさえすればいいのね」と短絡的に考える人も忙しい現場では多くいます。原則月45時間・年間360時間というガイドラインができて、その懸念は強まる一方です。既に虚偽申告や過少申告が横行している地域もあります。

 

 「教職員が幸せを感じて、イキイキと働けているか」どうか、「この仕事を自分の子どもや甥っ子、姪っ子らに自信をもって勧めたいか」、「育児や介護、病気を抱えても無理なく続けられると思うか」、「自分のクリエイティビティや思考力を高める時間も取れているか」といった指標でもいいのではないかと思います。本書で「Why働き方改革?」という点を考えてきたこと(第2章)とも重なる話です。

 

 話を戻しますね。エラそうなことを言うつもりはないのですが、ぼく自身の生き方をとおして、出口治明さんの提案する「本、旅、人」から学び続ける人生は、とても面白いと実感しています(第5章)。

 

 時間どろぼうの“灰色の男たち”に人生をゆだねるのではなく、自分の時間を取り戻すこと。あれもこれもという発想ではなく、ある程度真に重要なことを選択した上で、時間対効果を高めて仕事を進めることは、自分とまわりの幸せにもつながります。このことは、自信をもっておススメできます。

 

 教師の仕事の多くは、授業準備などを典型として、どこまでいっても百点にならず、キリがない性質をもっていますし、プライベートでの活動や自己研鑽などと仕事を完全に区別するのは難しい場面も多くあります(専門家は無限定性、無境界性などと呼んでいます)。ぼくにとっては講演の準備や本の執筆なども似ています。映画を観ても、ディズニーランドに行っても、「これは今度研修のネタに使えるな」とか考えていますから。ですが、だからといって、どこまでもズブズブやっても、いいものはできませんし、疲れを溜めるよりは、(いいアイデアが浮かばないか、考え続けることはしながらも)リフレッシュしたり、本・旅・人などで視野を広めたりしたりしたほうが、結果的にはアウトプットはよくなると感じます。

 

 AI時代に、子どもたちにクリエイティビティや問題解決力などが重要となっているなか、ぼくは、日本中の先生たちにもクリエイティブな時間を楽しんでほしいと感じています。

 以上が、ぼくが働き方改革に本気で取り組む理由です。

 

 How about you? みなさんはガチで取り組んでいますか?

 

 

 「学校現場は絞りきった雑巾のようです。国のほうでもっと教員数を増やしてくれないと、ムリですよ。」

 

 これも、講演などのとき、しょっちゅうお聞きします。

 ぼくも、とりわけ小学校においては、教員数はもっと必要だと強く感じています。トイレに行く暇もないほど、休憩も取れないというのは人間的な労働環境とは言えません。また、教員定数の決め方は、小学校は学級担任制を前提としているため、中学校や高校と比べて著しく不利で、級外(担任をもたない人)が多く出ない計算式になっています。これでは有給休暇や病休も取りづらく、よほどしんどくなってからしか休まないという人が多くいます(自分が休むと代わりがおらず、自習等になることも多いので)。

 

 では中高と比べて、小学校の先生がラクかと言えば、まったくそんなことはなく、「どうして雨は降るの?」、「どうして分数の割り算は逆さまに掛けるの?」という子どもたちの素朴な疑問に答えていく仕事です。しかも8教科、9教科など準備。加えて、家庭の貧困問題や発達障がい、外国にゆかりのある子等も増えて、福祉的な配慮やきめ細かな教育的支援が必要な子も大勢います。さらには、新採で3日目、4日目から学級担任をする人がほとんどです。

 

 財政制約が厳しいことも承知していますが、小学校の教員定数の決め方は根本から見直すべきだと思っています。

 ですが、同時に、とても気になることがあります。国がやってくれないと、と言う人の多くには、「教員数が増えないうちは、学校や市区町村(または都道府県等の)単位では、たいしたことはできない」と思い込んでいるか、あきらめているふしがあります。本書の各章で述べたとおり、そんなことはなく、学校や地域で進めていけることも多いです。絞りきった雑巾のようという気持ちはわかりますし、これまで学校現場にビルド&ビルドで負担を増やし続けてきた文科省教育委員会は猛省してほしいと思いますが、主体性も問題解決力もない態度を教師が続けていては、多少教員数が増えても、業務量や残業はたいして減らない事態になるでしょう。

 

 また、何かしら働き方改革や業務改善に着手しても、いわば、あさってな方向に動いていたり、道に迷ったりしている学校も少なくないことをぼくは見てきました。冒頭で述べた、5つの大まちがいはその典型例です。

 

 そこで、本書では、働き方改革を進める上で“地図”や“ガイド役”となりたいと考え、5つの原則とそれに紐付く具体策を提案しました。この5原則は、特段派手ではないし、読者のみなさんにとっては「当たり前」のことを述べているだけと感じるかもしれません。しかし、「忙しいのは当たり前」という学校を変えていくためには、「当たり前」に見えることを真面目に着実に進ちょくさせていくしかないのです。ぜひ各校等においては、「Why 働き方改革?」という理念、目標を十二分に共有したうえで、多忙の内訳を分析して、重点的に取り組むべきことを決め、工程表にするなどして、具体的に落とし込んでほしいと思います。

 

 本書の内容には、国の審議会や各実践地域・学校で伺ったことや議論したこと、教育関係者らと楽しく飲みながら考えたこと、ぼくの趣味や育児経験などがふんだんに活かされています。紙面の関係上、個人名はあげませんが、たくさんの人のおかげです。今後も進化・深化させたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

 

 本書が「忙しいのは当たり前」という学校の慣性の法則へ、
 挑戦する一助となりますように。

 

          講演で関西に向かう新幹線のなかで 2019年5月

                            妹尾昌俊

 

・・・以上お知らせでした。写真は最近の著者です・・・

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Amazonの学校運営で1位となりました★ 

予約、購入いただいたみなさん、ありがとうございます。忌憚なくご感想やレビューなどよろしくお願いします。ほかの既刊も引き続き応援よろしくお願いします。

こうすれば、学校は変わる!  「忙しいのは当たり前」への挑戦

こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦

 

 

 

多動な2018年!2019年もそうかな

このブログもずっと更新をさぼっておりましたが、妹尾はいたって元気です。この1年は、ちょうど1年前の1月1日だけ高熱を出してしんどかったのですが、幸い、ほかは大病なく、まあ、けっこう太ったかなということ以外は、大丈夫でした。

 

2018年は、漢字で一言で言うと、「多動」だったかなと思います。

 

ホリエモンこと堀江さんが『多動力』という本を出していますが、ぼくの場合も、とてもラッキーなことに、あちこちに顔を出しながら、自分の好きなことを進めることができたかなと思います。これは2019年も大事にしたいと思います。

 

よくライフワークとライスワークはちがう、と言われます。好きなことばかりやっていても、なかなか生活できないよ(ライスワークにはならない)とか。

 

ぼくはこの話を、前職の会社勤めをしていたときに悶々としながら過ごしていました。とても鍛えられたよい職場でしたが、自分の好きなテーマでの社会課題解決に時間をもっと割きたいということで、2年半前に退職し独立。そのあとは、すぐには仕事はあったわけではなく、しっかり見通しもないまま見切り発車でしたね。かなりヒマなときも多くて、その当時、生活を支えてくれていた妻からは「あんた、週2も海(SUP)に行って、遊びすぎ」と言われていたほどです。。。

 

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ある小学校での研修のひとこま

いろいろよいご縁もあって、この1年は、全国各地を訪問して、学校づくりを応援、伴走することができました。いま自分のスケジュールを見返しましたが、風邪をひかずにほんとよかったです。

 

まだまだスポット的なもの(1回講演に行ったきりなど)が多くて、もっと継続的にお手伝いできるところも増やしたいなと思います(2018年度は山口県教育センターや四日市市教育委員会横浜市教育委員会など、継続的にサポートしています。)。以前よりは、だいぶライフワークとライスワークも近づいてきた感触はあります。

 

ちょうど1年前にYahoo!ニュース個人というサイトで、働き方改革や部活動問題をはじめとして、解説しています。このブログの更新は滞りましたが、よかったら、Yahoo!のほうもご覧ください。また、FacebookTwitterをフォローいただければ、関連情報は毎日のように発信しています。

 

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twitter.com

今年は本も単著で1冊出せました!(共著も少し。)『先生がつぶれる学校、先生がいきる学校』はずっとあたためてきた内容で、モチベーションマネジメントと長時間労働是正をメインに扱っています。実例も含めて、具体的な事例をもとに、当事者意識をもって考えられるケースメソッド本になっています。

 

Amazonで著者ページもできました。↓

www.amazon.co.jp

 

本や記事を書くのは大好きなので、2019年も頑張りたいと思っています。いま構想中と執筆途中のが2つあります。

 

中教審働き方改革部会、スポーツ庁文化庁での部活動ガイドライン検討会議など、国の審議会にも、今年はたくさん出ました。資料を出したり、会議中に遠慮なく、思い切った提案をしたり。ともかく真剣勝負でのぞみました。この姿勢は娘たちの小学校のPTAの会議などでもいっしょです。

 

講演をしたり、本や記事を出したり、国の審議会に出たりすることは、それら自体が目的ではありません。拙著『思いのない学校、思いだけの学校、思いを実現する学校』の最初に書いた次のこと、気持ちは、今年も2019年も大事にしたいと思っています。

 すばらしいアイデアも、読んだり、聞いたり、考えたり、書いたりするだけではだめだ。(※)

 

 この一節に出会ったとき、ドキッとしました。わたしはこれまで10年以上大手シンクタンクの研究員として、また2016年に独立したあとは教職員向けの研修講師として、いわば“すばらしいアイデア”を売る、広めることを仕事にしてきたからです。

 

 なぜドキッとしたのか。それは、100枚近いパワーポイントをつくって理路整然とプレゼンしても、あるいは一度に数百人をアツくする講演ができたとしても、相手が動かなければ、学校も、その先の子どもたちも変わらないからです。「今日はいい話が聞けたなあ」、「とても満足した」とは言ってもらえるし、アンケートでも多くがそう答えてくれるのですが、それだけでは不十分です。わたしはカウンセラーでも、落語家でもないのですから。

(※)ジェフリー・フェファー他(2014)『なぜ、わかっていても実行できないのか―知識を行動に変えるマネジメント』(長谷川喜一郎・菅田絢子訳)、日本経済新聞出版社、p.3

 

2018年も本当にたくさんの方に支えていただき、あるいは刺激的なアイデアなどを交換でき、ありがとうございました。2019年もあちこちで、笑いをとりながら、行動につながるきっかけをどんどんつくっていきますので、どうぞよろしくお願いします。

 

連絡先:senoom879あっとgmail.com

またはFacebookメッセンジャーかTwitterDMでお願いします。

※あっとは@にしてください。

※たまに勝手に迷惑メールに自動的に振り分けられることがあり、気づかない時があります。

部活は学校の業務なのか??

中教審での学校の働き方改革についての議論がひとつの山場を迎えています。もうすぐ中教審の中間まとめも確定版になる予定です。この中間まとめでは、これまで学校が担ってきた仕事や、教師がやって当たり前だった業務について、

  • 必ずしも学校や教師が担う必要がないこともありますよ
  • 実際、法令上も縛りは少ないですよ(=教委や学校ごとの裁量ですよ)
  • 今後はこういう方針で考え直してはいかがでしょうか
    といった内容を多く含んでいます。

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たとえば、運動会の準備や当日に何時間くらいかけるか、とか、掃除の時間は毎日設けるかなど。これらは学校裁量です。文科省は、法律や学習指導要領などでほとんど規制しておりません。そういうことも、言うまでもないことも多いかもしれませんけれど、中教審の審議のなかでひとつひとつ確認していきました。

国が大いに反省しないといけないことや支援が必要なことも多いのは確かです。一方で、学校の裁量や前例、慣習のなかで仕事を増やしてきた部分への反省も同時に必要だと思います。

中教審の議論についての報道では、教師の残業時間に上限目標を定めることを検討するとか、部活のあり方についての話題が多く見られます。それらもすごく大事なことですが、学校の働き方改革は、それらだけでは決してないです。

ページ数がそれなりにありますから、忙しい学校現場の先生たちや、教育行政の担当の方にすべて入念に読め、と言うのは気がひけますが、ぜひどこかで、ざっとでもご覧いただければ、ぼくの言っていることがご理解いただけると思います。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/index.htm

 

さて、この中間まとめの当初案で、ネット上等で大きく話題になったことがあります。それは、学校における部活動の位置づけについてです。11月28日の当初案では、「部活動については学校の業務と位置付けられ,現状では,教師が担わざるを得ない状況である」との表現となっていました。これが、先日の12月12日バージョンでは、同じ箇所について「各学校が部活動を設置・運営することは法令上の義務とはされていないが,現状では,ほとんどの中学校及び高等学校において部活動が設置され,教師が顧問を担わざるを得ない状況である。」との修正がなされました。

ただし、「部活動については,学校の判断により実施しない場合もあり得るが,実施する場合には,学校教育の一環であることから,学校の業務として行うこととなる。」との言及は別の箇所で残っています。

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こうした部活動の位置づけについて、現教審(現職教員等から構成された会議)などをリードされている先生たちのなかには、「部活を学校の業務として位置づけるのは、怒りすら感じる。これが大義名分となって、校長のなかには、顧問をやりたくない人にも押しつけようとする。そこを危惧する」とおっしゃっています。

この心配は、これまで、少なくない学校で、部活動顧問を強要してきた歴史からすると、しごくまっとうな反応だと思います。ぼくもそこは心配だったので、次の意見出しをしました。

「部活動については学校の業務と位置づけられ」と書かれていますが、誤解を招く表現であり、修正したほうがよいと思います。典型的な誤解は、学校がやらねばならない業務、必須の業務とこれを読んで解釈する人がいます
指導要領上、教育課程外なのですし、生徒の自主的活動なのですから、学校が部活動を行うことはどこも強制していないことを、この中間まとめでも確認することが必要だと思います。

ぼくの意見が少しは反映されたのか、あるいはネット等での現職の先生たちの叫びが影響したのかは知りませんが、修正案では、部活は必須の義務ではない、ということが確認される文言となりました。でも、「部活=必須じゃないけど、やるなら学校業務だよ」という位置づけは明記されたわけです。

これは、いったい、どういう意味なのでしょうか?

ややこしいのですが、「業務」という言葉の定義を確認しないと、誤解を招きます

「学校の業務=学校が担わねばならない義務的なこと、必須のこと」と定義するなら、部活は学校の業務ではありません。しかし、中教審の中間まとめでは、この定義は採用していません。部会長や事務局にも確認しないといけませんので、あくまでも妹尾の個人的な見立てですが、おそらく、「学校の業務=学校の責任下で行う仕事(ただし、必須かどうかは問わない)」という意味でこの用語を使っています

部活は、指導要領上、教育課程外ですので、中教審の中間まとめで確認するまでもないことですが、もともと、必須や義務ではありません。生徒の自主的な活動なのですから、やりたい生徒が一定数いて、それに校長が賛同すれば、学校の責任と裁量で設置するものです。仮に必須のこととするなら、教育課程内に位置づけないと、いけません。

(写真:今日は新潟に行ってました。教頭研修です。)

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当然、顧問をすることを校長や教育委員会が強制することはできません。強制なら自主的な活動とはなりませんし、教育課程外なのですし、時間外勤務を認める超勤4項目(修学旅行や緊急時等に時間外勤務しろと命令できる項目)に部活は入っておりませんので。百歩ゆずって、勤務時間内なら校長が顧問やれと命令することは不可能ではありませんが。。。実際は勤務時間外に部活をするというのは、フツーなので、勤務時間内だけ部活動しろという命令が飛んでいる学校はほとんどないと思います。

それでですね、「学校の業務=学校の責任下で行う仕事(ただし、必須かどうかは問わない)」という定義をとるならば、ある学校でこの部活は学校教育の一環としてやりましょう、と決めたものは、明白に学校の業務です。

仮にですよ、部活=学校の業務外としてしまうと、次の大きな悪影響があります

  • 生徒の事故や怪我が起きたとき、学校の責任外となってしまう。そうすると、生徒(ないし家庭)からすると、学校の責任を問えなくなるかもしれない。
  • 教師が過労死したり、病気になったりしたとき、学校の業務外とされてしまうと、いわば、先生の趣味かボランティアでやっていたのね、となりますから、下手すると、公務災害(私立学校の場合は労災)と見なされないこととなってしまう。
  • 土日の部活動指導には、一定時間以上は特殊勤務手当のひとつとして、部活動手当が付いている地域がほとんどだが、業務外となると、税金を支出する根拠があやしくなる。教師の趣味に公金を使うわけにはいかんでしょ?

このように、部活=学校の業務外と見なしてしまうと、不都合も多いのです。

でもですよ、いまの部活の制度が矛盾だらけなのも確かです。

学校の業務として、つまり教師の趣味じゃない活動として、職務として部活指導をやっているのに、超勤4項目には該当しないのですから。同時に、完全に教師の自発的な活動やボランティアだとは見なせないところもある。

こういう点で、部活の現状の位置づけは、非常に中途半端というか、よくわからない制度と運用となっているわけです。
だからといって、超勤4項目に部活を追加したらよい、とは、ぼくは全く思っておりません。今後のあり方はよくよく考えていかないと、今のままではおかしいことや誤解が多いのです。
引き続き、こうした点をぼくは中教審スポーツ庁の審議会等で申し上げて、多くの方と検討していきます。

 

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ある学校事務職員さんと

今日は、文科省主催の学校マネジメントフォーラムというシンポジウムが神戸であって、行ってきました。事例発表への助言者ということで、ちょっとしたコメントを、遠慮なく(笑)。発表者も、聞きに来てくださった方も、みなさん、頑張られている方が多くて、とてもよい刺激になりました。

あいかわらず、久我先生@鳴門教育大学のお話はビシビシくる素晴らしいものでした。来月は、東京でもマネジメントフォーラムがありまして、ぼくも講演+事例発表へのコメントをいたします。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/uneishien/detail/1394038.htm

 

このシンポジウムもとてもよかったですが、今日はぼくにとってすごくうれしかったことがあと、2つもあります!

ひとつは、前から行きたいなと思っていた、天空の城、竹田城に行けたことです。しかも、天候、コンディションは最高で、絶景中の絶景でした~。ぼくのフェイスブックで写真と15秒の動画をアップしています。

ほんとうに雲の上にいるような気持ちになります。昨日、兵庫県の但馬地方(但馬牛がめちゃうまです!)で事務職員研修会があって、その近くだったこともあり、ある事務職員さんに連れていっていただきました。朝6時から車を走らせていただき、ありがとうございました。

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https://www.facebook.com/senoo.masatoshi/media_set?set=a.1453093828119464.1073741992.100002565824680&type=3&pnref=story

 

もうひとつは、闘病中のある学校事務職員さん(Mさんとします)と1年ぶりにお会いできたことです。Mさんは、以前研修会で呼んでくださった縁があり、その後もときどきメールなどでやりとりが続いています。

ちょうど1年前に研修会があり、そのときは普段通りだったのですが、その後、病気が見つかり、いまは休職されています。

今日は早朝竹田城に行って、午後は文科省のフォーラムに行って、そのあいだに1時間弱ほどだけですが、ちょっとだけお見舞いがてらお話できました。

薬の副作用もあるので、おそらくたいへんつらい思いもなさっているのでしょうが、「わたしが休んで、臨時の職員さんが来てくれているんですけど、何かと心配で」と、職場の心配をされているのが印象的でした。また、学校事務職員の処遇や職場での立場がまだまだ弱いところも多いことについて、「わたしらの(ベテラン世代)がしっかり仕事してアピールしてこなれなかったせいかも」、ともおっしゃっていました。

やはり、このあたりが職人気質と言いますか、仕事への誇りを感じるところです。

とても冷たく、ドライに言ってしまえば、たいていの職場は、企業であれ、行政や学校であれ、その人がいなくても、残念ながら職場は回っていくのです。代替要員が来ますし。あのスティーブジョブズだって、いなくなったあともアップル社はちゃんと続いています(かつてのような革新性を続けられているかの議論はあるとしても)。

とはいえ、同時に、使命感と言いますか、もっと職場をよくしたい、とか、わたしも世の中にちょっとでも役立ちたい、という気持ちはとても大切だと思います。重い病気で大変だろうのに、仕事や学校のことをよく気にかけておられるMさんの姿を見て、うまく言えませんが、どうでもいい、休めてよかったと思えるような仕事ではなく、やれてよかった、やりがいがある、と思える仕事をぼくも続けたいなと思いました。

はなはだ月並みな言い方かもしれませんが、人間、無理を重ねてはいけませんが、できるときに、できることをする、自分の力は、大海に一滴を落とすほどの、ほんの小さな影響かもしれないけど、何かの行動をしていくということが大切だなと思います。

帰りぎわに「会いに来てくれて元気がもらえた」とMさんに言ってもらえたのが、うれしかったです。ほんのちょっとした行動だったのでしょうが。もう少し元気になったら竹田城めぐりをご一緒したいです。

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世論の変化、学校は大丈夫か?

福井の池田中の生徒の自殺は本当に悔やまれますが、これで学校教育への世論が大きく変わりつつあるように思います。

それは教師批判、あるいは、学校は大丈夫かという疑問が増幅している、ということ。
少し前までは、学校の多忙化を大きな問題とするときに、「先生たち、朝早くから夜遅くまで頑張ってくれているね」といった雰囲気が保護者や世論にも少しずつ増えてきていると思いました。

このことは、調査データの類いで確認できているわけではないので、慎重に検証する必要はありますが、PTA役員会でもそう感じたし(まあ、PTA役員は熱心な親なのでバイアスはかかっているけれども)、あちこち講演してまわって全国いろんな教職員の声から肌感覚で感じました。
しかし、これが今、大きく変わりつつあります。

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池田中について調査委員会報告書(概要版)では、

本生徒は、担任、副担任の双方から厳しい指導叱責を受けるという逃げ場のない状況に置かれ、追い詰められた。
・・・
担任、副担任の厳しい指導叱責に晒され続けた本生徒は、孤立感、絶望感を深め、遂に自死するに至った。

と明記されています。教師による”指導”(ぼくはこれを指導と呼ぶことには反対ですが)が生徒の死につながったということです。また、この生徒の母親の手記ではこう書かれています(福井新聞2017年10月18日)

子供を教える立場にありながら、自らが犯した、重大な責任に気付かず、悪いとも思わず、反省もせず…。今だに、子供達を教える立場にいる人達に、怒りと悲しみを感じています。

教員と生徒の間の為、叱責という言葉で表現されてはいるものの、私達遺族は、叱責ではなく「教員による陰険なイジメであった」と理解しています。叱責だけではなく、○○を罵倒するような発言、人権を侵害するような発言も、多々あった、と聞いています。

この母親の気持ちに共感する人は、ぼくを含めて多いと思います。

加えて、先日もいじめが増加していることが報じられました。いじめはある時点で定義が拡大したし、どこまでをいじめとするか難しい問題がつきまとうので、単純に過去とは比較しにくい統計のひとつなのですが、そうとばかりは言っていられず、深刻な問題が続いているのは事実です。

www3.nhk.or.jp

こうした報道に接していると、先生たち、少々夜遅くまで仕事している人が多くても、子どものいじめや人権を守れないで、何しているの?
といった反応をする人がいても、不思議ではないと思います。
もちろん、池田中の担任、副担任のような態度をとる先生が全国に多くいるわけでないでしょう。しかし、本当に「学校は大丈夫か?」という疑念がいま増幅しているように感じます。

そんなことを感じていていた折に、昨日はこんな報道がありました。

www.asahi.com引用します。

生徒の母親は2015年4月の入学時、生徒の髪が生まれつき茶色いことを学校側に説明。黒染めを強要しないよう求めた。しかし教諭らは、染色や脱色を禁じる「生徒心得」を理由に、黒く染めるよう指導した。「生来的に金髪の外国人留学生でも、規則では黒染めをさせることになる」とも述べたという。

生徒は黒染めに応じていたが、色が戻るたびに染め直すよう指示され、2年次の16年9月には黒染めが不十分だとして授業への出席を禁じられた。翌10月の修学旅行への参加も認められず、現在も不登校が続いているという。

これを読むと、明らかに行き過ぎた”指導”であると多くの人が感じるでしょう。

そもそも、頭髪”指導”の必要性と合理性はどこまであるのか疑問です。

おそらく、頭髪”指導”が行われているのは、次のような考え方があるためと推察します。

髪染めてる子

⇒学習や生活習慣の乱れのあらわれ

⇒放置しておくと他の生徒にも伝染する

⇒早めになおさせる

ほんまでっか?的なロジックです。髪を染めている子がみんな勉強をないがしろにしたり、他の生徒に迷惑をかけたりしているわけではないでしょう。また、学習や生活習慣の乱れを問題視するのであれば、それは、頭髪”指導”では解決できず、授業についていけるように支援することが本筋なはずです(このあたりの話は拙著にも書いています)。

さらに、本件ではもともと地毛の話なので、この論法では正当化できません。つまり、目的の合理性から言って、かなりあやしい”指導”です。

ひとつ必要性がまだ正当化されうるのは、大学進学や就職の面接のときに茶髪だとイメージ悪いから、高校生活のときから黒髪にしとく、という話です。外国にゆかりのある人もこれだけ増えているわけで、社会の見方も今後変わっていく必要があるのは確かです。また、仮にこの理由があるとしても、個々人の選択制にしたらよいのではないか、という疑問も残ります。

加えて、修学旅行に行かせない、不登校にさせるほど”指導”するというのは、手段の合理性から言ってもおかしい話です。そこまでしなくても、と常識的には思いますよね?

それで、こういう事例も見ていると、やはり、「学校は大丈夫か?」と思ってしまいます。

  • なんのための学校教育なのか?
  • なんのために教師をしているのか?
  • 学校のローカルルールの必要性や合理性をちゃんと考えないで押しつけて、それで本当に思考力や判断力を養う教育ができるのか?

こうした疑問に真剣に向き合ってほしいと思います。

ぼくは、全国各地で多くの先生たちがまじめに、一生懸命に仕事をしているのをよく知っています。子どもへのケアもすごく丁寧で、それがゆえに多忙になっている現実を知っています。しかし、同時に、今のままで大丈夫か、もっとよく考えよう、もっと同僚と協力しながら”○○指導”について見つめ直してみよう、とも感じています。

先生たちが頼りない、という世論が強くなれば、教員免許更新制が導入されたときと同様に、さらなる負担が学校や教育委員会に課されるのでは、と心配します。すでにコンプライアンス研修などを強化しようする動きはあります。

国や教育委員会が見直すべきことも多いですが、各学校でも自浄といいますか、自分たちの教育をしっかり見つめ直してほしいと思います。

池田中のこと、いじめ増加の報道、大阪の頭髪指導のこと。教職員の方や教育委員会の方は、よそで起きたことと脇に置くのではなく、真剣にとらえてほしいと思います。今、どうするか考えて動いておかないと、世論はどんどん学校に冷たくなるのでは、と心配します。

 

★お知らせ 今度かかわっているNPOで学校の働き方改革をテーマに、具体的な取組を立案するフォーラムを開催します。

正直申し上げて、登壇者、参加予定者ともに、すごく多彩でほかでは聞けない話がたくさん出てくると思います。ワークショップもやりますよ~。

※参加申し込みはウェブまたはメールで。

http://www.npofocas.org/

 

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★妹尾の本はAmazon在庫切れが続いておりましたが、復活しました。

多くの方にお読みいただき、ありがとうございます。

 

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校長先生!20時には帰ろう運動ではダメです!

みなさん、こんにちは。連日あちこちに講演、研修しております。

先日ある校長が、「職員には20時には帰るように呼びかけてます」とおっしゃっていました。この学校はいろいろよく頑張っている学校です。地域の伝統校であり、それがよくも悪くも仕事を増やしている部分もあるようです。一生懸命なのはよいことですが、「この呼びかけではダメです」とぼくは申し上げました。

 

理由はシンプルです。

学校の先生は、朝早い人が多いです。おそらく7:30前後には来ている人も多いでしょう。そうすると、19:30まで働いたとすると、12時間労働です。休憩時間は控除する必要がありますが、小中学校は実質まともな休憩は取れていないことが多いです。

別のある市のアンケート調査によると、完全な休憩時間をとれている(つまり、業務はおこなっていない)教員は小中ともに1%でした。多少とっていたとしても、この時点で、残業時間は約4時間ですね(12時間ー7時間45分なので)。

1か月の平日は何日あるでしょうか。だいたい20日~23日くらいです。

約4時間×約20日=約80時間/月の残業これですでに過労死ライン上です。

しかも、次のものを加える必要があります。

・自宅残業

・土日の出勤 

土日も部活指導に出かけたり、休日に静かな環境でまとめて仕事を片付けたいと出勤する人は多いですよね。

仮に土日のいずれかだけ、毎回3時間残業したとします。そうすると月12時間プラスです。仮に土日いつもとなると、月24時間となります(祝日は完全に休んだと仮定する)。

そうすると、先ほどの約80時間に12時間や24時間を足さないといけませんので、100時間前後です。これは7:30~19:30という時計の針が一周したケースでした。

仮に7:30~20:00とすると、4.5/日×約20日+土日の12~24時間=110時間前後となります。過労死イランを大幅にオーバーする水準です。

しかも、これで自宅残業はゼロだった場合です。

お分かりでしょうか?

たしかに今の小中学校にはすごく仕事が多いです。正直、負わされすぎていると思います。そのうえ、放っておくと、国や教委や社会はどんどん学校の仕事を増やす一方です。残念ながら、これまでの歴史がそれを証明しています(そのため、いまの中教審の働き方改革部会では、学校や教員の負担を減らすことを議論しています)。

そんななか、「20時には帰るように」という校長の呼びかけは、理解はできます。せめて20時にはという意味ですし、仕事多い中ありがとうだけど、という意味でもあります。

しかし、上記の簡単な計算でも明らかなように、この水準では過労死してもおかしくない負荷です。悪くとらえれば、本人にその意図は微塵もないのですが、「過労死するくらいの水準で働け」という、ブラックな呼びかけと言われても、反論できないと思います。

このあたりの業務時間と業務量の感覚を校長や教職員はもっておく必要があると思います。

多少残業するときがあっても自然でしょうが、やはり、多くの人が過労死ラインを超えるくらい働ないと回らない、という学校運営は異常です。

19時半や20時以降まで職員室に残っているのは当たり前、という学校も日本中にたくさんあることでしょう。また、「それくらい一生懸命やっているのが教師たるもの当然、よい教師だ」という職場の価値観、学校文化も強いと思います。しかし、それで倒れる人や病気になる人が続出するようでは、ダメですし、みなさん、学校の当たり前に毒されてます

長時間労働については、国や教委が仕事を増やしている責任も大いにありますが、部活動や学校行事、宿題・テストのチェックなど、学校ごとの裁量、教員ごとの裁量のなかで増やしているものもかなりあります。

※誤解のないように申し添えますが、ぼくは「忙しいのは、先生たち自身のせいだ」と言っているのではありません。が、「学校の経営判断や先生たちの判断で、自ら仕事を増やしてきている部分もあるよね、見直せることもあるよね」と言いたいのです。

「20時には帰ろう」ではなく、「18時には帰ろう」くらいで(それでも2時間の残業ですが。。。)、本腰を入れて大きく見直さないといけないと思います。

 

★お知らせ 今度かかわっているNPOで学校の働き方改革をテーマに、具体的な取組を立案するフォーラムを開催します。

正直申し上げて、登壇者、参加予定者ともに、すごく多彩でほかでは聞けない話がたくさん出てくると思います。ワークショップもやりますよ~。

※参加申し込みはウェブまたはメールで。

http://www.npofocas.org/

 

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★妹尾の本はAmazon在庫切れが続いておりましたが、復活しました。

多くの方にお読みいただき、ありがとうございます。

 

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