妹尾昌俊アイデアノート

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

元気な学校づくりと地域づくりのヒントをお届けします!

【忙しい学校 どうする?】そろそろ、部活のこれからを話しませんか?

学校づくり 多忙化

きょうは「部活動のあり方を考え語り合う研究集会」というのに参加してきました。部活顧問制などに悩む中高の教員の方をはじめ、100名近い参加があり、外は寒い1日でしたが、とてもアツイ、シンポジウムでした。

 

f:id:senoom:20170326213926j:plain

校内研修で部活をテーマに本音をぶつけてみては?

「部活顧問やってくれません?もう先生しかいないんです~」といった職場での同調圧力はまだまだ学校では強いこと、部活に熱心な先生が評価される風土があることを指摘する方もけっこういました。

昨日ぼくはブログで、校内研修が授業研究に偏っているのは、どうなの?という話をしました。中学校でも平均して年間10回校内研修に使っています。

senoom.hateblo.jp

授業研究メインの校内研修を1回や2回つぶしたとしても、「部活は今のままで本当にいいの?」「もっと持続可能にするにはどうするよ?」って話を学校のなかでもっとしていくべきではないかと思います。

喧嘩になるからイヤだとかは言わない。こういうテーマはむしろ喧嘩してでも、本音をぶつけ合うことがないと、お互い、ムリや不信になるのではないですか?

善意と献身性でいつまで支えるの?

ぼくは部活は要らないとは思っていません。教育効果もたしかに高いし、思い出に残るすばらしい取組も多いと思います。しかし、いまのやり方ではムリがあると感じます。みなさんの学校ではどうですか?教員の善意と献身性で支えるのには、もう、限界があると思いませんか?

職場の同調圧力というのも、本当はヘンな話です。

学校の先生たちは、学習指導要領を本当に読まれているのでしょうか?いまの(おそらく次期も)学習指導要領での部活の位置づけは中途半端なのは確かにそうですが、教育課程外の、生徒の自主的な活動、と書いています。つまり、やっても、やらなくてもいい自主的な活動です。

また、驚くことに、ここまで過重労働が調査等で明らかなのに、過労死等が争われた判例では、部活指導や付き添いは、教師の自主的な活動とみなしています(つまり校長の指揮命令のもとやっている活動ではない、ということ)。

これらを考えると、校長は(少なくとも勤務時間外は)部活の顧問をやれと命じることはムリがありそうですし、「みんなで分担しないとやっていけないから、そこはまあ、お願いしますよ」という理屈も、ヘンです。全員顧問にしないとやっていけないような、持続可能性の低い運営を見直すことが本丸のはずで、そこから逃げているのだと思います。

また、学校という場所は、戦前の反省と戦後の理念を見ても明らかですが、全体主義的な発想や権力の暴走に対して、批判的に見て、立ち向かえる力を育てる機関であるはずです。その学校で、当の教職員集団が、「イヤでもみんなでやるんだよ」という考え方では、非常に貧しい。むしろ、いろんな考え方を認めつつ(部活を目いっぱいやりたい方も、全然やりたくない方も、その中間の方も)、現実問題としてどうやっていくか対話していく、アクティブラーニングが必要です。まさに問題解決能力は子どもたち以前に、教職員集団に必要だと思います。

 

休養日の設定は次善策であり、本当の課題は別

部活のこれからのあり方というと、すぐ国や教育委員会の施策としては、休養日をもっと設けましょうとなります。

休養日が現状よりもあったほうがよいことについては、反対しません。しかし、部活について重要な課題は、そこじゃないと思います。学校で面倒をみる部活を減らしていくことだと思います。顧問をやりたくない、納得いかない先生も少なくないなかで、やりたい人で無理なく、楽しく部活運営できる規模にしていくことを考えるしかありません。これには外部指導者の活用や地域スポーツに返すということも含めてです。

生徒がかわいそう、生徒が、保護者が求めているは理由にならない

こんなことを書くと、「廃部なんかにすると生徒がかわいそうじゃないか。それでいいんですか!?」、「生徒も保護者もやりたいと言ってますよ。その子たちの声にこたえてあげたいじゃないですか!」という声が必ず、出てきます、教員のほうから。

その気持ちももっともだなとも思います。しかし、だからといって、過労死ラインを超えるような過重労働を続けさせてて本当にいいんですか?

生徒がかわいそうというと、どうですか?たとえば、バイオリニストになりたいという子がいれば、それに教師は徹底的に付き合いますか?あるいは、ジャズバンドしたいけど、楽器を買うお金がないんです、と言ってきたら?そこは家庭で、となっている学校がほとんどでしょう?

要するに、ポイントは、人もカネも時間も限られているんです。無尽蔵ではありません。だから、生徒がかわいそう、生徒の希望だと言っても、すべては叶えられません、できる範囲でやっていくしかありません、という当然の話です。なのに、部活についてだけでは、顧問教員の時間が無尽蔵とまでは言わないけど、土日もつぶすくらいの多大な時間を捧げても仕方なし、と捉えられているのは、オカシイでしょう?

部活問題の重要な部分は学校で決められる

教育委員会や文科省が動いてくれないと、という意見は、気持ちとしてわからなくもないですし、大会の規定や手当の問題などでは、国・都道府県の役割も大事だと思います。しかし、教育委員会等が一斉に号令をかけないと、学校は動けない、と言うのは、キビシイ表現かもしれませんが、思考停止だと思います。さきほど申し上げた、重要な問題から目をそらしているだけでは?

繰り返しますが、部活は、学校の判断でやめたり、減らしたりはできるテーマです。この点での権限も裁量も、文科省にはなく、教育委員会にもなく、学校長にあるのですから。

きょう登壇された中澤篤史先生の『そろそろ、部活のこれからを話しませんか?』はとても分かりやすく、これまでの経緯や論点が整理されています。朝読書の時間などに先生たちもこれを読んだうえで、校内研修で「そろそろ、部活のこれからを話しませんか?」というテーマで話し合う場をもってはいかがでしょうか?

そろそろ、部活のこれからを話しませんか 未来のための部活講義

そろそろ、部活のこれからを話しませんか 未来のための部活講義

 
 ★関連記事

senoom.hateblo.jp

 

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

 

 

 

 

【忙しい学校 どうする?】10回、20回も校内研修やるなら、たまには別のこともやろう

学校づくり 多忙化 おススメ

先日、ベネッセより「第6回学習指導基本調査 DATA BOOK」が公表されました。みなさん、読みましたか?小中学校については1997年にスタートした調査なので、約20年の経年経過を見ることができる、貴重なデータです。しかも、回答数もかなりの規模。直近では、小中学校とも、それぞれ約3千人の教員が回答しています。高校のデータもあります。

⇒こちらに資料はあります。

第6回学習指導基本調査 DATA BOOK(小学校・中学校版) [2016年] │ベネッセ教育総合研究所

 

3/4以上の小学校教師は、英語を教えることに自信がない

一部これ聞いてなにに活用するんだろうか、フシギな設問もありますが、いくつか興味深いデータもあります。

たとえば、小学校の教員に英語指導に自信があるかをたずねたところ、現在の授業や活動の指導について、「自信がある」(「とても自信がある」+「まあ自信がある」、以下同)と回答した教員は24.0%、今後の教科としての英語指導になると、「自信がある」の回答がさらに低く、18.6%にとどまっています。「とても自信」があると回答した人は、両方の設問とも2%もいません。

こういうのを見ると、国や教育委員会はすぐに「研修が必要だ!」とかおっしゃるのですが、ちょっとやそっとの研修で、多感な小学生たちを相手に十分授業できるようになるのでしょうか?

教科書と教材の充実はもちろん必要でしょうし、高学年は教科担任制にする、中学校と授業交流する、近所の学習塾と組む、タブレット等でも学習できる環境をもっとつくるなど、思い切ったことが必要かもしれません。ぼくは英語教育の専門家ではないので、詳しくはわかりませんが、いくつかの研究校や地域で試行、実践したことをよく検証してほしいです。

小学校では20回、中学校でも10回、校内研修している

多くの方はすっと読み飛ばすかもしれませんが、ぼくがこのレポートのなかで、一番衝撃的だったデータが次です。

f:id:senoom:20170325193812j:plain

校内研修の年間実施回数の分布です。小学校では、2010年も2016年も、11~20回がもっとも多く約4割で、すべての平均でも約20回実施しています。21回以上という学校も約3割もありますね。中学校では、かなりばらつきがありますが、平均では約10回で、2010年と2016年では大きな差はありません。

回数が多ければよいという話ではありませんが、正直、かなりの回数やっているな、頑張っているな~というのが率直な感想です。

ちなみに、校内研修の回数について、なにか公的な調査はないかなと探してみたら、身近なところにありました。なんと、全国学力・学習状況調査です(恥ずかしながら、こんな選択肢があったの、今日まで知りませんでした)。

直近の2016年度調査によると、「授業研究を伴う校内研修を前年度に何回実施しましたか」について、小学校は15回以上という学校が26.3%と最も多いのですが、7、8回も18.2%、5、6回も16.7%とけっこうあります。

中学校では、15回以上が14.5%ですが、もっとも多いのは3、4回という学校が23.7%、5、6回も18.4%です。

ベネッセの調査のほうが回数多いのは、全国学力・学習状況調査のほうは「授業研究を伴う」と条件があるせいと推察します。

校内研修=授業研究or教科の勉強なのか?

ただ、ベネッセの調査では、なにについて校内研修しているかも聞いています。その結果は次のものです。

f:id:senoom:20170325205746j:plain

ん~、小中とも教科指導の実施率が高いですね。まあ、これは当然といえば、当然。特別支援教育についてもけっこう実施しているのは、少し驚きでした。

アクティブラーニングをテーマにする学校もけっこうありますね。

実は、ぼくが注目したのは、ズバリ、「その他」です。小中とも2割弱ですね。つまり、これは、校内研修は、教科指導や授業研究に関係するものがほとんどで、「その他」はあまり実施していないこと(特別支援教育や生徒指導は例外だけど)を意味しています。

たとえば、友人の柳澤さん(『本当の学校事務の話をしよう: ひろがる職分とこれからの公教育』の著者)は、校内研修で、学校財務や子どもの権利などをテーマにしていますが、これなどは「その他」ですよね、この調査上は。

あるいは、ぼくが好きな(得意な)学校の運営や組織マネジメント、地域連携については、選択肢にありません。。。これも、「その他」ですね。キャリア教育も選択肢にないなあ。。。

10回、20回も校内研修やるなら、たまには別のこともやろう

そこで、今日の本題です。タイトルにもしましたが、忙しい、忙しいと言いながら、こんなに校内研修の場があるなら、もっと授業研究や教科指導以外にも、活用しませんか?
※誤解のないように申し添えますが、授業研究や教科指導についての研修が要らないとか、言ってませんよ。

柳澤さんの例を紹介しましたが、財務研修はおススメです。やはりコスト意識が高まりますし、いま子どもの貧困が大きな問題となっているなか、重要です。気安く私費(学校徴収金と呼ばれる学級費や教材費など)を増やしてくれるな、と申し上げたい。

コミュニティ・スクールかどうかはさておき、地域連携・協働なども校内研修のテーマになりえます。先日、ぼくは田原市の中学校での研修に関わりました。もちろん、先生たちのがんばりも大事ですけれど、地域などの資源、ネットワークを活かすと、もっとできることの幅が広がりますよ。

先生たちの多忙化も大きな問題です。であるなら、校内研修のうち、年1回か2回は、仕事や行事の棚卸しと仕分け、改善案のアイデア出しに使いませんか?

たとえば、

  • この行事の準備は毎年すっごく大変。もっと簡略化できないの?
  • ○○委員会と××委員会は似ているから、統合しましょうか?
  • 会議の短縮のために、こんな工夫をしようよ
  • 年度末にバタバタは嫌だから、これを今のうちにやっときません?
  • いつまでも独自の教材にこだりすぎるのはやめませんか?分担して年間のプリントを準備しておきましょう。
  • 部活は大きな社会問題ですよ。このまま全員顧問制ほんとに続けるんですか?

そんな会話は、忙しい中できない、とかいう教職員もいるのですが、、、校内研修を1回か2回つぶして時間をつくればええやん、って思います。

学校には大事なことが多い、ということも承知しています。しかし、いまの忙しい、忙しいというなかでは、ちょっとは我慢する、減らす、整理・統合するというものもつくっていかないと、体がもちませんし、余裕のないばかりでは、いい授業もできないと思います。

みなさん、どう思いますか?とくに管理職や研究主任の方!!!
新年度はムリのない、教職員が元気になる研修計画を練りましょう!

 オンラインコミュニティでのゼミ生は、随時募集中です~

senoom.hateblo.jp

関連記事も読んでみて~

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

 

 

 

 

自己紹介~マイミッション・しごと

おススメ 学校づくり

「妹尾昌俊アイデアノート」をご覧いただき、ありがとうございます。

このブログでは、ニッポンの学校、地域、子育てがよりよくなるためのヒントをお届けしたいと思います。ここでは、ちょっと自己紹介、プロフィールについて。(2017年3月24日更新)

自己紹介:妹尾 昌俊 (せのお まさとし)

マイミッション、志

日本中に元気な学校と地域を増やすため、すぐれた実践をわかりやすく翻訳して、先生や関係者がともに学び、成長できる場をつくる。

 
◎ご連絡、研修・講演、コンサルテーション、寄稿のご依頼・相談など、お気軽にどうぞ!

senoom879あっとgmail.com あっとは@に変換

プロフィール

  • 徳島県出身、神奈川県逗子市在住
  • 2男2女の子育てに修行の日々(2017年4月現在、保育園~中1)
  • 主な著書↓ 4刷出来、ぜひ手に取ってみてください!
  • 変わる学校、変わらない学校ー学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道
  • 2004年から野村総合研究所にて学校マネジメント、地域とともにある学校づくり、官民さまざまな組織のビジョン・戦略づくり、地域活性化・地方創生、IT活用などを支援。
  • 2016年7月から独立し、フリーに。教職員や公務員向けの研修、ワークショップ、講演、個別コンサルティングなどを多数実施。

f:id:senoom:20170324184325j:plain

おもな関連実績

  • 得意なテーマ:学校のマネジメント、学校改善、多忙化対策・業務改善、カリキュラムマネジメント、チームづくり、チーム学校、地域連携、コミュニティ・スクール、人材育成・モチベーションマネジメント、事務職員の役割
  • 文科省 学校業務改善アドバイザー(多忙化対策のアドバイザーです)
  • 文科省 学校評価ワーキング臨時委員
  • 文科省 学校マネジメントフォーラム基調講演
  • 教員研修センター講師、滋賀大学自治体職員向けプログラム講師
  • 教育委員会主催の教職員等向け講演、研修
    (2016年度:東京都、大分県、宮崎県、北区、豊中市、西宮市、東みよし町ほか多数)
  • 校長会、教頭会での講演、研修、学校事務職員研究会での講演、研修
    (2016年度:茨城県、新潟県、滋賀県、仙台市ほか多数)
  • 学校を訪問した助言・コンサルテーション、校内研修の企画・ファシリテート(2016年度:都立高校、龍ヶ崎市立中、横浜市立中、田原市立中ほか)
  • 逗子市まちづくり市民委員会副委員長、小学校PTA役員なども経験
  • オンラインゼミ(「元気な学校づくりゼミ」)もやっています。
    いつからでも参加歓迎です!

senoom.hateblo.jp

趣味、好きなこと

  • 歴史モノ(日本の戦国時代、古代中国、古代ローマなどとても好き)
  • 旅行先も遺跡・古戦場めぐりと温泉が多い。日本城郭検定2級
  • 料理 最近は娘2人とよくご飯つくります
  • SUP 逗子・葉山の海をぷかぷか
  • 本好き、片付けは苦手だけど。よく読むのは学校関係、歴史考証もの、ビジネス書、マンガ、ときどき小説。友人と書評サイトBooks for Teachersもやってます。

    http://bookfort.hatenablog.com/

  • フェイスブックでも日々気づいたことや趣味のことを投稿しています。よかったら、フォローよろしくお願いします~

    https://www.facebook.com/senoo.masatoshi

葉山の海ちかくの風景↓

f:id:senoom:20170324194208j:plain

しごと1<研修・講演・ワークショップ>

  • 教職員や教育委員会、公務員向けの研修会での講演、講師、ワークショップのファシリテーション・助言
  • これまで、文部科学省シンポジウム、教員研修センター、東京都ほか地方公共団体、教職員研修会など全国各地で講演・研修を実施 ※関連実績参照
  • 講演スタイルのほか、ケースメソッド(事例検討)を通じたワークショップも人気です
  • 料金、時間はご相談ください

しごと2<スクールリーダーシップ・コンサルテーション>

  • 小中高の管理職向けの パーソナルコンサルテーション&コーチング
  • 複雑にいりくんだ現状の分析・解きほぐし
  • 教職員向けの働きかけ支援、 解決アイデアの提案
  • 悩みごとの相談 ひとりで悩みがちな、 校長先生、教頭先生のご相談承ります。
  • 開催場所:学校のほか、都内ホテルラウンジ もしくは、銀座の個室サロン
    ※Skype、Facebook メッセンジャーを利用した テレビ電話でのご相談も可

しごと3<学校づくり等に関する本書き、教育誌等への投稿>

  • 2017年は『学校事務』にて「学校事務“プロフェッショナル”の仕事術」、『プリンシパル』にて「企業に学ぶ学校マネジメント」を連載中
  • 『教職研修』、『総合教育技術』などにもたまに出ています!
★よく聞かれます、なぜ大企業をやめてまでフリーでやっているの?↓関連記事はこちら

senoom.hateblo.jp

学校づくり、学校マネジメントの見る眼が変わる本、「変わる学校、変わらない学校」ぜひ手にとってみてください。

f:id:senoom:20160423195505j:plain

【これも学校文化!?】卒業式マジックに気を付けろ

学校づくり 学校文化

いまはどこも卒業式のシーズンですね。うちも一番上の長男が先日小学校を卒業しました。いまは春休みを謳歌し、ゲーム三昧です。ぼくもたまに桃鉄で対戦しています。

そういえば、ある中学校教員の友人から「卒業式マジック」という言葉を聞いたことがあります。卒業式がすごく感動的なので、まるで魔法にかかったかのように、今までの苦労を忘れてしまうような1日、という意味で使っていたと思います。

長男の卒業式もステキなものでした。

在校生たちがそれぞれ大きく展示物をつくっていましたし、来賓の挨拶はなく、校長と教育委員会の言葉くらい、その代わりに、卒業証書をもらうときに、一人一人が将来の夢や中学生になったらどうしたいかを発表してくれました。

医者になって病気の人を助けたいという子、オシャレが好きで服を売りたいという子、中学ではサッカーを頑張るという子などなど。夢や志は変わっていってもいいし、ひとつじゃなくてもいいと思うけど、みんないいこと言うなあと思いました。

f:id:senoom:20170323153813j:plain

この3月はどこの組織も、年度末ということでバタバタだと思いますが、学校はとくにそうです。卒業式、終業式、入学式、始業式、それらの間に、成績を付けたり、提出する書類もいろいろあるし、しかも、人事異動が入ってくるからです。

そんななか、「卒業式マジック」はステキな部分がある反面、学校づくりや学校運営という点で見ると、少し危なかっしいところも見えます。卒業式や人事異動により、これまでの頑張りや反省がリセットされてしまいかねないからです。

学校でPDCAという考え方がどうも根付きにくいなあと感じるのは、ぼくだけではなさそうなのですが、ひとつの背景は、この「卒業式マジック」にあるかもしれません。チェックや振り返りがなおざりのまま、バタバタしているうちに、新しい子どもたちとスタッフを迎え、学級運営などで一番重要な4月を迎えるからです。これでは、P→D→P→Dになっているような感じもしますし、Pは前例をもとに美辞麗句を並べてもっともらしく、だいたいで作っておき、あとはひたすらDという感じ(小さなP→DDDDDD)かもしれません。

先生たちの多忙化の問題も、あるいは新学習指導要領などで強調されているカリキュラムマネジメントなども、どうもこの「卒業式マジック」を越えていかないといけません。

「卒業式は教師冥利につきる日」とは多くの教師が言っていますし、「この感動がなければとっくに教師なんて辞めている」という人もちらほら聞きます。ぼくは教員経験はありませんが、そうした気持ちはとてもわかる気はします。子どもたちの成長を見て、感謝の言葉をかけてもらって、「大変だったけど、あ~、やっててよかったな」と。

2、3日はその感慨のままでけっこうかと思いますが、どこかで、シンデレラでいうと、時計の針を意識しないといけません。よかったところは、続け、伸ばしていけばよいですし、反省するところは見直していくということが、やはり、人、モノ、カネが少なくなってきているなかではとても重要だと思います。

ではどうするか?

とはいえ、クソ忙しい3月4月にバタバタ反省会や企画会議をやるのも、どうも大変だと思います(時間をとれるならしたほうがよいでしょうが)。

多くの人が仕事術などで語っていますが、やはり、都度都度反省を活かすということをもっと学校は大事にしたほうがよいと思います。

たとえば、運動会などの行事であればそれが終わったたびに、振り返りをして記録を残しておく。教科指導や進路指導であれば、夏季休業中や冬季休業中に現在進行形のところでよいので、振り返りの場をもっておくことができるといいと思います。校内研修を授業研究一辺倒にせず、カリキュラムについての意見交換や、進路指導、キャリア教育、地域連携などの振り返り・企画の場にできないでしょうか?

都度都度反省の例は、次の写真です。これは横浜市の富士見台小学校で、事務職員の方が、各教員から修繕してほしいというアイデアを思い付いたときに付箋紙に貼ってもらっています。限られた予算を有効活用するために、多くの人のアイデアや気づきを活かそうとする取組だと思います。

f:id:senoom:20170323160115j:plain

このごろ、子どもたちの学習状況などの評価の際にも、「ポートフォリオ評価」ということが言われるようになりました。はじめ、ぼくはなんじゃ、このムズカシゲナ評価は!と思ったのですが、なんということはありません。児童生徒の作文やレポート、テスト、作品、活動の様子などがわかる写真などをファイリングしておき、それを評価の素材にするということのようです。(それなら単にファイリングしたものをもとに評価するとか、もっと簡単そうに言えばいいのにね!)

これと理屈は同じです。都度都度反省して、記録を手書きでもよいので、蓄積しておけば、年度末と年度初めに慌てる必要はないはずです。子どもにたいしてと同じようなことを、学校も組織運営でもっと意識していきませんか?

えっ、もう年度末でそんな記録は残してない? では新年度からはもっとできるように、同僚にぜひ呼びかけてみてください。

 

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

 

【忙しい学校 どうする?】教師に真に必要なのは、子どもと向き合う時間ではない!?

学校づくり 多忙化 おススメ

きょうはある中学校で、地域とともにある学校づくりとキャリア教育についての校内研修・ワークショップをしてきました。なぜ、地域連携する必要があると思いますか?ぶっちゃけ面倒だなと思うことも多いでしょう。でも、やるとしたら、なぜ?上から言われたからですか?どんな子どもに育ってほしいからですか?

そもそも論を振り返り、議論しました。こうしないと、なかなか本気度が高まらないからです。

地域協働、キャリア教育、教職員の負担軽減という3つの円を描いて、この3つって重なるところあるでしょ?なぜそれを進めるか、根っこを考えると見えてくると思います、という話もしました。みなさん、どう思いますか?

f:id:senoom:20170314225622j:plain

「もっと子どもと向きあう時間を」は、もっともなように見えるが

研修がおわったあとも有志の先生方や事務職員の方とお話してきました。そのなかで、やはり、学校の多忙化の問題は関心が高い話題で、いくつか話し込みました。

そこで、帰りの新幹線のなかでもあれこれ考えていたのですが、教職員の負担軽減が必要だというときに、多くの人はキーワードとしてこう言うんです。

「子どもと向き合う時間の確保のために(あるいは向き合う時間を増やすために)」

文科省の方もそうですし、教育委員会の文書などの多くも(国を倣ってかは知りませんが)そう書いています。参考までに、文科省の「学校現場における業務の適正化に向けて」という通知は、都道府県・政令市の教育長あてに出されたものですが(要するに、これは大事だから各地方でしっかり意識して取り組んでちょうだいという文書)、次の一文が最初のほうにあります。

学習指導要領の改訂の動向等を踏まえた授業改善に取り組む時間や,教員が子供と向き合う時間を確保し,教員一人一人が持っている力を高め,発揮できる環境を整えていく必要があります。

このキーワードがたびたび登場するのは、以下のような考え方が下敷きにあるからです。

最近、学校ではあれこれやらないといけないことが増えて、教師の本来の仕事である子どもと向かう時間が減っていると思うよ。たとえば、文書作業や調査ものもけっこうあるし、保護者対応で時間をとられることもある。だから、負担感を感じて疲れてしまう教員が多いんだ。
それに、調査によると、忙しすぎて授業準備の時間が足りない、と回答する教師は多い。もっと教材研究をしたり、子どもの悩みの相談にのったり、直接子どものためになる時間を確保していくことが必要だよ。

上記はぼくが勝手に作った文書ですが、国等もおおよそこういう内容のことを書いているか、前提としていると思います。

で、「子どもと向き合う時間の確保がもっと必要」というのは、しごくごもっとも、と一見思ってしまうのですが、本当にそうでしょうか?という点が今日のクエスチョンです。ちょっと立ち止まって考えてみませんか?

2つのギモン、論点を提案したいと思います。

①子どもと向き合おうとするから、多忙になる。

多忙になる原因、あるいは多忙化が長年改善してこなかった背景のひとつは、教師の側が、進んでやっている仕事が多いからです。子どものため、と思って、善意で。

たとえば、宿題の丸付けやコメント書き。丁寧なほうが心がこもって、児童のためになるよね、という先生(とくに小学校)は多い。だから、自宅残業までしても働く。部活動もそうです。子どものためになる、あるいは子どもと向き合って指導しているのが生き甲斐だ、という先生は、長時間労働になりがちです。

そういう人に、これ以上「もっと子どもと向かう時間を」というメッセージを送っても、ぼくはどうかなと思います。むしろ、もっと苦しめてしまう可能性だってありませんか?そういう人はよそから言われなくても、子どものためを思っている先生なのですし。

で、こういう教師は、熱意で、善意で多忙になっているので、自分では修正がききにくいです。自分のカラダを顧みずに、ついつい睡眠時間を削ったりします。それで、突然倒れたり、最悪、過労死になってしまうのです。

②教師に必要なのは3人称でなく、1人称?

日本の教師はまじめな人が多いです。子どものため、学校のため、同僚のため、保護者の期待のためと、一生懸命働いている方が実に多い。それはそれでリスペクトしていますが、ひとつ問題があります。自分のことがどんどん後回しになっていることです。3人称ばかりで、1人称で考えることが少ないのです。

これは、価値観、人生観の問題でもあるので、一概にどっちがよい悪いの世界ではありませんが、ぜひ考えてほしいことがあります。わかりやすく、たとえ話をしましょう。両方とも年は同じくらいの、小学校の女性の先生としましょう。

A先生:教師になって10年。児童からも、同僚からも熱心な先生という評判である。毎週手書きで心のこもった学級通信を出していて、保護者もけっこう読んでくれているようだ。宿題や児童の日誌へのコメント書きも丁寧で、休み時間や放課後だけでは終わらないので、21時すぎにいったん帰宅した後、自宅で残りをこなすことも多い。独身ということもあり、アパートは平日はほとんど寝るだけで、とても読書なんてする気力はない。週末はたまに友人とおしゃべりをしたり、ショッピングに行ったりもするが、授業準備にも土日とも数時間とる。週明けは、どうも疲れが残ってしまうときもある。まだ若いうちだし、まあいいかなと思っている。

 

B先生:さすがに毎日とはいかないが、週3はほぼ定時帰宅。仕事のあとはヨガか読書の時間だ。学級通信は毎週出しているが、30分でできるまでと自分で決めている。写真を使うとそのくらいの時間でもできるようになった。宿題のコメントは、いいね!、すばらしい!、もっとがんばろうね!など一言、二言にしている。そうしないと、残業が増えてしまうからだし、子どもにも「1人5分だと3時間、8分だと5時間以上かかっちゃうんだ。だからコメントは簡単だけど、ちゃんとみんな読んでいるからね」と最初に言っておいた。

教師の仕事は好きだが、趣味の時間も好きだ。大学のときに落研に入っていたこともあり、最近は毎月のように寄席に通っている。最初からそう意識したわけではないが、落語家の話術は、授業でも参考になることが多い。たまにだが、週末は外部の勉強会に出ることもある。熱心な友人が全国に増えてきて、最近楽しくなってきた。

 

どうでしょうか?AさんもBさんも、子どものために頑張っていますが、時間の使い方はかなりちがっていますね。

おそらく、Bさんのような時間の使い方のほうが、たぶん教師としての幅は広がるし、子どもや同僚に話せる引き出しは増えるような気がします。

やり方や工夫のちがいは確かにありますが、そこを言いたいわけではありません。AさんとBさんの最大のちがいは、人生で大事にしたいものや、好きなものがあるかどうかだと思います。

ぼくはこう最近思うようになりました。教師に真に必要なのは、子どもともっと向き合う時間ではなく、もっと自分に向き合う時間ではないか?

★きょうはここまで。感想などは気軽にどうぞ!

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

 

senoom.hateblo.jp

 

senoom.hateblo.

senoom.hateblo.jp

 

 

【学校のフシギ】校長室の写真は要らない

学校づくり 学校文化 おススメ

3月といえば、企業でも、役所でも、学校でも、人事異動が気になる時期ですね。校長先生が異動される学校も、全国あちこちにあることでしょう。そして、おそらく多くの学校では、校長室の歴代校長の写真がまたひとつ、追加されていくのだろうと思います。

しかし、おそらく誰もが感じたことがあると思いますが、なぜ校長室に校長先生の写真を飾っておく必要があるのでしょうか?ナゾです。

f:id:senoom:20170313144306j:plain

たとえば、ヤフー知恵袋では、次のような質問と回答が載っています。

校長室には歴代の校長の写真を残しますが、理由がわかりません。どなたかお願いします。  

代々、学校に尽力されたことの証ですかね。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1256944297

 

たしかに校長の多くは、学校に尽力された方でありましょう。さすがに銅像や彫刻を残すほどではないと思ったのか、写真くらいならということなのでしょうか?

まあ、たいしたことではない、たかが写真なのかもしれませんけれど、3点ほどギモンを投げかけたいと思います。これも「隠れたカリキュラム」(知らず知らずのうちに教えていること)のひとつとも言えなくはないし。

ひとつは、ストレートに申し上げますが、あれは自己満足以上の効果はあるのでしょうか?

歴代校長を拝んで、まさか現職校長が日々気を引き締めるなんてことはありますまい。歴代校長をリスペクトする気持ちは、ぼくは否定しませんし、勝手にどうぞなさってください、と思いますが、別にそれは、写真がなくてもできるでしょう?

ぼくの場合、校長にインタビューをしていて、たまに、「先々代の〇〇校長の頃から始めたことが今も活きているんです」といった話は聞きます。そんなとき、写真をみて、「あ~、あの方ですね」といった会話になることはあります。しかし、それ以上のものはないし、別に写真がなくたって、大して困りません。

リスペクトするなら、教育委員会で表彰でもしたらと思います。子どもの卒業証書みたいに。

むしろ、校長室の写真には、マイナス影響もあると思います。ある子どもは、「遺影みたいで怖い」という反応をしたそうです。オトナであっても、校長室に入ったときに、あの写真に囲まれては、どうも居心地がよくないという体験をされた方もいると思います。不登校ぎみの子を校長室でみるという学校もあります。そんなときも写真が並んでないほうがいいんじゃないかなあ?(実際、ぼくの経験上は少数ですが、写真を飾っていない校長室もあります。)

ふたつ目は、学校に尽力したのは校長だけじゃないやろ?というギモン

たしかに校長の役割、影響、責任は学校づくりで大きいと思います。しかし、同時に、校長だけが旗をふっても、学校というところはほとんど機能しないのも事実です。「笛吹けども踊らず」ということわざは、学校によく当てはまると思います。

個々の子どもたちに接しているのは、教職員なので、彼らの動きにならないとダメです。「チーム学校」といったコンセプトを持ち出すまでもありませんが、なにか学校がうまくいっているなら、校長だけの功績ではないのは、当たり前です。おそらく校長自身がそれに気づいていると思います。

であれば、どうしても写真を飾りたいなら、教職員一同の写真のほうがよいと思いませんか?そのほうが和気あいあいって感じがするだろうし。卒業アルバムのとき撮るし。

3つめ、前例・伝統に無批判であることのあらわれではないか?

推察ですが、おそらくこれが一番大きいと思います。なぜ校長の写真を飾ってあるか?「それはずっと前からやってきたことなので、わたしの代ではやめにくいんですよ」 という答えです。

学校のなかには歴史があるところも多い。校長は地元の名士、という時代もかつてはありましたし、いまでも田舎ではその部分はちょっと残っているかもしれませんね。だから、銅像まではいかないけど、写真くらいはね、という感じで飾ったのでしょう。

でも、いまも本当に必要ですか?

学校というところは、すべてがそうとは言いませんが、前例、伝統、先例が大好きです。そして、なかなかやめよう、減らそうという発想になりにくい。なので、多忙がさらに多忙になるというところはあります。

たかが写真ですが、ここにもその”伝統”や思考の”癖”があらわれていると思います。前から続いているから、ということで思考停止してしまうのです。これでは、子どもの考える力を育てる以前の問題かも、と言うと言い過ぎでしょうか?

よい伝統は守っていったらよいと思います。でも、写真はやっぱりなくてよいと思います。みなさんはどう思いますか?

 

★先日から、オンラインコミュニティの『元気な学校づくりゼミ』も始めました。参加者募集中です!

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

 

 

 

学校事務という雑誌でいろいろ紹介いただきました!

学校づくり

きょうは、とても嬉しいことがありました。

学校の事務職員さん向けの月刊誌『学校事務』の4月号で、いろいろ取り上げていただいたのです。

1つ目は、「学校事務”プロフェッショナル”な仕事術」という連載をひとつスタートさせたことです。冒頭にはこう書きました。

 みなさんお待ちかね、「学校事務“プロフェッショナル”の仕事術」の連載をスタートする。この連載では、とってもワクワクする学校事務を進めている方にインタビューし、彼らの仕事の哲学や手法を取材した結果をお届けする。

 単なる事例紹介や人物伝ではなく、官民さまざまな組織のコンサルティングや事務職員向け研修を多数行ってきた筆者の経験を活かして、“プロフェッショナル”ゆえの秘訣、仕事術を分析してみたいとも考えている。

 平たく言えば、面白いことに挑戦している事務職員から“盗める”ことはなにかを紹介し、解説するというわけだ。

インタビューした記事は次号からです。4月号では、着眼点を解説。自分としてはかなり面白い記事になると思います。出演者募集中です。

f:id:senoom:20170312133239j:plain

2つ目は、名古屋市の土井裕子さんが「やってみました!学校事務ビブリオバトル」という本を紹介するゲームの体験記で、拙著『変わる学校、変わらない学校』を紹介いただいたことです。友人の栁澤さんの本『本当の学校事務の話をしよう』も隣に!(ちなみにこの2冊はアマゾンでもおススメのセットでよく出てきます。)

ぜんぜん聞いてなかったので、びっくりでした。ありがとうございます。

f:id:senoom:20170312134308j:plain

3つ目はその栁澤さんの奥さんの清香さんの「事務職員ライフ 私の一日」のなかで、10月に私が主催した読書会のことを書いてくださったことです。学校事務便りに役立ったようで、嬉しいです。それ以上に、清香さんは、育休明け以来、残業は年間数時間しかしないスタイルで通しているとのこと。すごい、これはまた取材をしなければと思いました。

というわけで、同じ雑誌に3度も登場する珍しい回でした。みなさん、よかったら手に取ってください。松田さんはじめ、地域とともにある学校づくりの連載も楽しみです。

※こちらのサイトで目次など見れます。

http://www.gakuji.co.jp/magazine/gakkojimu/

もうひとつ、ふたつお知らせです。

『月刊プリンシパル』という校長向けの雑誌にも4月から連載をスタートしました。題して、「企業に学ぶ学校マネジメント」です。たとえば、5月号はセブンイレブンにする予定ですが、企業の苦労や優れた実践から学校はなにを学ぶことができるのか、解説します。これは、両方の世界をある程度知る自分の強みかなと思っています。

それから、『教職研修』という管理職向け雑誌の4月号にも書いています。これは連載ではないので、不定期です。多忙化の問題、業務改善に教育委員会はどんな役割があるかについてです。

★先日から、オンラインコミュニティの『元気な学校づくりゼミ』も始めました。参加者募集中です!

きょうはお知らせばかりになりましたが、こんな感じです。

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

senoom.hateblo.jp

 

★オンラインゼミ「元気な学校づくりゼミ」を始めたよ

学校づくり おススメ

今日はちょっとお知らせです。今回、オンラインゼミを始めることにチャレンジしたいと思います。

オンラインゼミってなに?と思われる方がほとんどだと思います。

基本的にはフェイスブックグループなどの延長なのですが、インターネット上で、あるテーマを決めて、情報交換、意見交換する場です。会員だけのクローズドな場です。
ファンクラブなんかにたぶん近いですが、僕の場合は、学校教育に熱意のある方向けの私塾をオンライン上でやってみよう、というものです。

 

元気な学校づくりゼミの紹介は次のページです。

Synapse(シナプス) - 今日も頑張っている先生のための元気な学校づくりゼミ

f:id:senoom:20170309191659p:plain

ここにも書きましたように、学校づくりについて、参加者自身が実践できる具体的な内容やヒントを得られるようになることをねらって、運営します。

対象は教職員の方はもちろん、学校を応援・支援したい方にも役立つと思います。なぜなら、僕自身が教員ではなく、支援者の立場だからです。

おもな活動

  • ケーススタディ
    学校づくりの失敗例・困った例(複数の実例から組み合わせたリアルなもの等)をもとに、どのような教訓があるか、なにがまずかったのか、どうすればよかったのか、自分の学校に照らすとどうかなどについて、ディスカッションします。

  • ソーシャル・ブックリーディング
    月1冊、課題図書を決めて、感想や学校づくりに向けたアクション(行動案)について、ディスカッションします。
    読書して読みっぱなしにしない、ちょっとしたことからでも、行動につなげるというところがミソです。

  • オフライン勉強会(リアルゼミ)
    上記ケーススタディ、ブックリーディングなどをネタにフェイスツーフェイツーで対話・ディスカッションする場です。

 

テーマはいろいろ考えています。

教職員の多忙化問題・働き方改革、学校の組織マネジメント、カリキュラムマネジメント、リーダーシップ などなど

 

基本、双方向な場にしたいので、参加者からの提案、アイデアを受けて、いろいろ工夫していきたいと思っています。全国の熱心な方が集まる場になるといいな~と考えています。

岩瀬直樹さんをはじめ、この人に意見を聞きたいという方をアドバイザーやゲストとしてお呼びしたいとも考えています。幸い、教育業界で優れた実践家のお友達は増えました。僕自身が楽しみです。

かなり迷いましたが、参加費は月3000円にしました。

これ、かなり高いと思われた方が多いと思いますが、やはり無料や低料金だと、どうしも自分の時間の使い方として優先順位が落ちてしまいます。そうすると、双方にとってよくないので、お互い緊張感がもてるくらいの金額で、でも、一回の飲み会や子どものスイミングスクール代よりは安い水準にしました。

教職員の方は研修というと無料が当たり前の世界(これはかなり企業人にとっては驚きです)。このあたりも含めて、チャレンジです。

入退会は自由ですし、なにもオブリゲーションはありません。ぜひよかったら、のぞいてみてください。

”主体的・対話的で深い学び”をみずから実践する、アクティブラーナーたちよ、集え!

synapse.am

◎『変わる学校、変わらない学校』引き続きよろしくお願いします~

 

20160423103552

◎妹尾について→自己紹介やお手伝いできることなどはコチラです↓

senoom.hateblo.jp

【学校のフシギ】新米教師の1年間は条件付き採用というのは理屈に合わない

学校づくり 学校文化

日ごろ教職員向けの研修などをしていて、教育業界の方とはよく接しているつもりでも、まだまだ知らないことは多いし、フシギだなと思うこともけっこうある。

最近は、多忙化の問題や職場改善、教師の成長について、いくつか提案・実践している。そのなかで、先日の記事でも紹介したが、ある新任教員の自殺について調べていた。

2006年に、⻄東京市の市⽴⼩学校に勤務していた新任女性教員(25歳)が、採用されて半年後の10月に自殺を図り、意識を取り戻さないままその2か月後に亡くなったことについてだ。

senoom.hateblo.jp

自殺の背景には、いじめ対応など学級運営でのつまずきや、保護者対応が非常に精神的に負担であったことなどが大きいのだが、もうひとつ、ひっかかることがあった。西東京市教育委員会の初任者研修のときに、条件付き採用が1年であることを紹介するときに、市教委の幹部が「休職する人は給与泥棒」、「1年間はクビにできる」とはっきり言ったのだそうだ。

今から10年以上前の話。さすがに、今ではこういう教育委員会はいないであってほしいが、どうだろうか?こうした乱暴な脅しも影響してか、この女性教師は無理をしてでもなるべく休まず、勤務を続けようとしていたふしがある。

f:id:senoom:20170308153825j:plain

条件付き採用とは、企業でいう試用期間のことで、先生の場合は、身分保障に関する地方公務員法の一部規定が適用されないので、法律で定める事由によらなくとも、任命権者はその職員の降任または免職を行うことができる期間という意味。なので、「1年間はクビにできる」というのは、間違いではないのだろうが、パワハラととられても不思議ではないだろう。

それで、僕は知らなかったのだが、公立小中高の先生の場合、この条件付き採用は、次の法律で決まっている。

  • 地方公務員第22条
    臨時的任用又は非常勤職員の任用の場合を除き、職員の採用は、全て条件付のものとし、その職員がその職において六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。
  • 教育公務員特例法第12条
    公立の小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、幼稚園及び幼保連携型認定こども園の教諭、助教諭、保育教諭、助保育教諭及び講師に係る地方公務員法第二十二条第一項 に規定する採用については、同項 中「六月」とあるのは「一年」として同項 の規定を適用する。

つまり、普通の地方公務員は6か月だが、教員は1年が試用期間というわけだ。これは法律で決まっている。

でも、なぜそうなんだろう?

別に教師だけが1年雇ってみないと資質・能力が分からない、というものでもなかろう。だいたい、子どもを評価することが日常の学校なのに。かなり、おかしくないか?と思う。

文科省の審議会の報告によると、次の趣旨らしい。

児童・生徒の教育に直接携わる小学校、中学校、高等学校及び盲学校、聾学校及び養護学校の教諭、助教諭及び講師については、その職務の専門性から6か月間での能力の実証では不十分として、条件附採用期間が1年とされており 
(教育職員養成審議会 「養成と採用・研修との連携の円滑化について」 平成11年12月10日)

ちなみに、直近のデータでは、平成27年度に採用された教員のうち、条件付き採用の後、正式採用とならなかった人は、全国で316人、新採全体の1.03%であるから、99%の人はそのまま正式採用されている(平成25、26年度の数字でもこの割合は約1%)。

※関心のある方は、以下の資料に都道府県、政令市別の結果がある。

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/12/21/1380740_06.pdf

 

児童・生徒に直接関わるから、とか、職務の専門性という理屈は、かなりあやしいと個人的には思う。たとえば、公立病院の医師や看護師、薬剤師などは、人の命に係わる仕事だ。変な人がいたのではたまったものじゃないが、試用期間は1年などという特別の規定はなさそうだ(さっと調べただけなので誤解があるかもしれないが)。

だいたい、教師は子どもに多大な影響を与える重要な職だから、じっくり、慎重に、能力等を見極めねばならない、というならば、1年と言わず、さっさと半年以内にやめさせるべき人は退出願いたい。そうでないと、子どもの貴重な1年はどうするというのだろう?

初任者研修が1年間だから、条件付き採用も1年間としている、という説もあるらしい。これも、研修の趣旨と条件付き採用の趣旨はちがうし、一致させねばならない理屈が通っているとは思えない。

 

このことから示唆されるのは、どうも学校教育という世界は、あちらこちらで、タテマエを使い分けているふしがある、ということだ。

仮に、児童・生徒に多大な影響を与える重責を教師は担っている。だから、初任者研修は1年間充実したものをやらないといけない。という理屈ならば、なぜ、その研修中の、正式採用前の教員に、学級担任という影響力がばかでかい仕事を任せるのか???

保護者等の前では、4月当初から、「大丈夫です、この先生は若いけれど、難関な教員採用試験を突破され、学生や講師のときにも学校現場で経験を積まれている方です」みたいなことを言い、その片方では、「1年間はあなた方のこと、ぶっちゃけ、ちょっと不安なのよ」という制度のうえにいる。

たしかに、学級担任等の重責を新採に任せることと、条件付き採用で不適格な人を早めに退職願う制度とは矛盾するわけではない。しかし、バランスが悪いというか、両者の前提とする教師像がちがいする気がする。

むしろ、この1年間の条件付き採用というのは、マイナス効果のほうが大きいのではないか、という気さえしてくる。さすがに冒頭で紹介したようなパワハラ教育委員会はそうはいないかもしれないが、学校のなかでも、新任教員は辞めさせやすいということで、校長が変に強気にでる(ひどい場合はいじめる)ことも出てくるかもしれない。あるいは、新任教員のほうは遠慮して、校長等に意見を言いづらくなる、という委縮効果もあるのではないか?

同じような問題は、非常勤講師などの雇用が安定しない、非正規雇用の教員についても当てはまる話だ。

 

さて、どうしたものか。2つの道があるように思う。

1つ目は、法律改正まではハードルが高すぎるというのであれば、あるいは、現行法の趣旨には賛同するという立場であるならば、お試し期間なのだから、新任教員は副担任にとどめておくなど、きっちりケア・支援をすることだ。担任などの配置は校長裁量でなんとでもなるが、人がいないとなんともできないのだから、教育委員会の人事上の配慮が不可欠だ。

2つ目は、教育公務員特例法第12条はやめてしまう。(ただし、これでも半年は条件付き採用なのだから、4月からいきなり担任でよいのか、という問題は残る。)

 

みなさん、とくに新任教員の方やそれを乗り越えてきた方、教育行政の方はどう思うだろうか?

◎『変わる学校、変わらない学校』引き続きよろしくお願いします~

 

20160423103552

◎妹尾について→自己紹介やお手伝いできることなどはコチラです↓

senoom.hateblo.jp

【忙しい学校 どうする?】続:指導要録、通知表も変えられないか?

学校づくり 多忙化

おととい、指導要録と通知表作成の負担をもっと軽減できないものか、とつぶやきに近い投稿をしたところ、思いのほかコメントやいいね!(150以上)をいただいた。ちょうど3月でタイムリーに先生方は苦労している頃だと思う。成績を付けるのは、すごく丁寧にやって当たり前の世界だと思われてきたと思うが、本当にそこまで丁寧にやるべきなのか、費用対効果はあるものなのか、すこし疑問を投げかけたい。

senoom.hateblo.jp

指導要録は文科省のほうで参考様式を提示している。データは見つかっていないが、おそらく多くの教育委員会・学校がこれに習っていると推察する。が、参考なので、変更は不可というわけではない。

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/attach/1293808.htm

 

安易に簡略化することがよいとは思わないのだが、学習指導要領改訂も見据えて、ここ2、3年が見直すなら、チャンスだと思う。

海外と比べると、日本の指導要録や通知表は、すでに非常に簡素だというコメントもいただいた。

一方で、やはり現場の負担になっているという話もある。教育社会学者の久冨義之一橋大学名誉教授は次のように指摘している。

学習評価は教育の重要な仕事であるが、そもそも「観点別」に評価しなければならない必然性はない。その4観点、たとえば「関心・意欲・態度」「知識・理解」「技能・表現」「思考・判断」(科目や学年段階によって観点の名称が変わるものもある)は、もともと人間の「もののわかり方」として相互に重なり合っており、別々ではあり得ない。・・・(中略)・・・「無用に煩雑な作業量」を押し付けるものである。

日本の教師、その12章―困難から希望への途を求めて

日本の教師、その12章―困難から希望への途を求めて

 

 

僕自身の立場はといえば、正直、迷っている。いくつか論点別にすこし整理したい。

 

①通知表や指導要録には、本当のところ、どんな効果があるのか

次期学習指導要領改訂に関する中教審答申(「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の 学習指導要領等の改善及び必要な方策等について 」)の中から引用しよう。

「子供たちにどういった力が身に付いたか」という学習の成果を的確に捉え、教員が指導の改善を図るとともに、子供たち自身が自らの学びを振り返って次の学びに向かうことができるようにするためには、この学習評価の在り方が極めて重要

なるほど。指導の改善を図ることと、子どもにとっての振り返りとなるわけだ。後者については、たしかに通知表の機能もそんな気もする。

指導の改善という点では、負担軽減も大事だとしても、指導要録・通知表を今より簡素にすると、教師たちは、きめ細かく子どものことを見て、振り返る機会が減ってしまう、という見方がありそうだ。

しかし、一方で、子どものことをきめ細かく見たり、改善を図ったりするのは、日常の授業等でやっているのであって、指導要録等があるからではない、という反論もありそうだ。実際、とくに小学校の先生等は、子どもの宿題やノートなどを細かく見てコメントを返しているような例もある。そんな一生懸命な先生なら、指導要録があろうがなかろうが、子どものことはある程度はわかっているはずだし、日常のなかで学習評価はしっかりやっているとも考えられる。

なので、この論点をもう少し分解すると、指導要録や通知表があるおかげで、どのくらい指導の改善や子どもの振り返り効果が高まっているか、ということだろう。

この点について、本音ベースの議論がどれだけできているのだろうか、疑問だ。指導要録なんて形骸化しているという現場の声はたびたび耳にする。指導改善への効果があるなら、形骸化とは言わない。

 

②仮に簡素にするとすれば、どの点ができるのか

ひとつは、先ほどの4つの観点別評価をどうするかという点にあると思う。ただ、次期学習指導要領のもとでは、3つに整理されるようだ。先ほどの中教審答申から再び引用する。

小・中・高等学校の各教科を通じて 、「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点に整理することとし、指導要録の様式を改善することが必要である。

ふむふむ。ちょっとは簡略になりそうだ。この点を見越して、来年度から指導要録を整理しなおしてもよいかもしれない。

ただ、まだモヤモヤするのは、教科や学年によっては、「知識・技能」と「思考・判断・表現」は一緒でもいいんじゃないかな、とも感じる。2分割するのは、知識と活用力という頭の整理だと思うが、知識なしで活用だけできるというのも少ないだろうし。このへんは僕は詳しくないので、専門家や現場の声としては、いろんな考え方があると思うのだが、どうだろうか???

もうひとつは、5段階などの評価のところではなく、文章記述のところだ。これは指導要録については情報開示請求がくることもあるので、大変気をつかって書いていると思う。かけている時間、負担と効果との見合いで考えると、もっと簡略でもいいんじゃない?という意見も出てきそうだ。どうだろうか?

 

③ちょっとした点で負担を減らす工夫はできないか

Facebookでコメントをくださったある中学校では、来年度から、通知表は普通紙でプリントし、クリアファイルに入れて渡す方式にするそうだ。1年間一枚の通知表に印刷するのは、位置合わせなどけっこう神経を使う作業。ちょっとした気づきと改善だと思うが、いいアイデアだと思う。

 

とくに結論はでていないが、以上3点について、現状のままのやり方が必ずしもいいとはかぎらない。ぜひいろんな知恵、アイデアを出せたらと思う。

 

◎『変わる学校、変わらない学校』引き続きよろしくお願いします~

 

20160423103552

◎妹尾について→自己紹介やお手伝いできることなどはコチラです↓

senoom.hateblo.jp