妹尾昌俊アイデアノート

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妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

元気な学校づくりと地域づくりのヒントをお届けします!

【忙しい学校 どうする?】給食費はだれが集めるか?

4月19日に小田原市の小学校で給食費120万円あまりが集金作業中に盗まれた、というニュースを見ました。そこで、今日は、タイトルのとおり、給食費はだれが集めるのがいいのか?について考えてみたいと思います。

news.tbs.co.jp

この事件で見える、学校のフシギ

この事件では小学校側は被害者なのですが、こんなローテクでセキュリティもなにもない集め方をしているのか?と批判されても仕方がないと思います。

だれもが思いつくと思いますが、フシギなことは3点。

  1. なぜ銀行引き落としでないのか
  2. なぜPTAや元職員が給食費の集計作業にかかわるのか
  3. 「集金の際の人物確認など作業態勢を改善する」はぜんぜん改善策になっていないのではないか?

今回の事件の小学校のような方法は少数派だが、給食費を現金で扱う小中学校は約2割

文科省では「学校給食費の徴収状況に関する調査」という抽出調査を行っています。とりえず、小学校だけ触れると、平成24年度の状況によると、口座引き落としが73.5%で大多数。金融機関への振込が4.6%、児童が担任や事務職員へ手渡しするは9.0%、今回の小学校のようにPTAと連携して徴収というのも6.1%あります。いくつかの方法を併用(保護者が選択)も5.8%あるので、トータル約2割の小学校が給食費を現金で学校で扱っていることになります。中学校でも2割強が現金で扱っているようです。

f:id:senoom:20170422085802p:plain

出所)平成24年度「学校給食費の徴収状況に関する調査」

http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/syokuiku/1341369.htm

 

ちなみに、この調査によると、給食費未納の児童は0.8%(中学校は1.2%)に過ぎません。これは保護者の意識や学校、関係者の努力によるものも大きいと思いますが、未納はごくごくわずかです。

 

さて、肝心の給食費についてですが、2種類の観点で分類できます。ひとつは、先ほどの調査のように集め方、徴収方法で分類する方法です。今回の事件を教訓にしてセキュリティの観点からも、また昨今大きな問題となっている教職員の負担軽減の観点からしても、口座引き落としが一番でしょう。

しかし、学校でよく聞くのは、給食費等の口座は通常とは別口座にしている家庭もあり、引き落とし日に残高不足でできない家庭も多い、という声です。それで結局督促の連絡などをしなければならず、ローテクだが、集金袋持参のほうが確実という声もあります。

とはいえ、両者でそれほど確実な徴収にちがいはあるのでしょうか?よく検証するとともに、再度メリット、デメリットをよく整理するべきだと思います。

というのは、やはり、現金を学校で扱うのは、いろいろやっかいな問題を引き起こしかねません。今回のような盗難は稀なケースでしょうが、紛失(子ども場合も、担任等の場合も)も起こります。

それから、教員や事務職員の負担という問題に加えて、ある小学校教員経験の方は次のことをお話くださいました。

金額が足りない児童は「誰かが取った(盗んだ)」みたいな事を言い出すことがあります。大概は、鞄の底などに落ちています。
また、親が勘違いで、少ない額を入れてしまうこともあります。勘違いなので、親はちゃんと入れているつもりなのに、教室では全額が無いとなると、場合によっては不信感が募ることにもなります。

このように、子ども同士や家庭と学校との間の不信感を招くことにもなりかねません。現金を学校で扱う方式は、弊害やリスクのほうが大きいと、わたしは感じます。

自治体が扱う公会計にすべきでは?

給食費の区分にはもうひとつあります。市町村などの自治体会計で扱う「公会計」なのか、その他なのかという区分です。公会計とは、税金など同じく、市町村の財布に入るということで、集めるのは、基本的には市町村の役割となります(学校が協力するというケースもあるでしょうが)。

公会計にして、保護者口座からの引き落としで自治体口座に行くという流れが、もっとも学校は給食費を扱わなくて済む方法です。

先ほどの「学校給食費の徴収状況に関する調査」によると、公会計にしている学校は28.2%と、まだまだ多いわけではありません。

では、多数の学校が採用している「その他」とは何かというと、学校長の名義の口座で集金・管理・支出しているところ(「私会計」)が多いと思われます。公会計と比べて、会計処理の透明性が低いのではないか、との批判もあります。

保護者目線の感覚的にもかなり変ですよね?給食費の多額のお金を校長口座に入れるなんて。

今回の事件の学校はそうかは知りませんが、学校の私会計を経由させず、PTAが集めて市町村の口座へもっていくという学校もあるそうで、この場合は、おそらく公会計に入るのかな。今回のようなことも起きかねませんし、本来のPTAの趣旨からもどうかと思います。未納の家庭がどこか、ほかの保護者が知ることにもなりかねませんし。

学校給食の集め方と会計の仕方がこうもいろいろあるのは、特段法律では定めはなく、判例でも公会計でも私会計でもよいとされている経緯があるためです。詳しくは、友人の柳澤さんの本が詳しいです。

本当の学校事務の話をしよう: ひろがる職分とこれからの公教育

本当の学校事務の話をしよう: ひろがる職分とこれからの公教育

 

無用な現金のやりとりは、学校・家庭の関係にもヒビを入れかねない

先ほど紹介したある小学校教員経験者は、次のようにも話してくださいました。

お金が絡むことによって教師と保護者の関係がこじれるのがとても気になります。お金のことではなく、子どもの育ちについてのいろいろな話をしたい(しなければならない)相手なのに、それが難しくなります。お金を取り立てないといけないようなケースでは、子どもの育ちに関する話などがほとんどできないような関係になってしまいます。親と教師が同じ方向を向いて子どもを育てていけば、うまくいくかもしれないのに、給食費が理由でそれがうまくいかなくなってしまうのです。

こうした点や会計の透明性も考えて、やはり、口座引き落とし、かつ公会計化という方法が、一番いいように思います。

なお、給食費というのは、一食あたり300円前後の家計的にかなり助かる金額ですが、これは食材費・材料費です。調理員などの人件費や施設・設備費は市町村立学校であれば、市町村の予算で賄っています。だったら、給食費(材料費)も公会計で一緒にやればよいのに、と思います。

なぜ、公会計にしないのか。ひとつには、市町村側の手間が増えるからです。児童数等の規模にもよりますが、公会計にすることで、職員を3人とか4人とか増やすという自治体もあるようです。

しかし、見方をかえれば、その人件費相当の労力を、私会計では多くの場合、学校側が教職員の追加的な人件費なしで、担っていたということです。それで本当によいのでしょうか?

公会計化した先行例から学ぶ:塩尻市

地域や学校によって多少の状況のちがいはあるとはいえ、お金を集めてどう会計処理するかという話は共通点も多いはずです。先行事例から学びましょう、ということで、先日文科省でも発表していた長野県塩尻市教育委員会のプレゼンテーションと資料がたいへん参考になります。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/uneishien/detail/1378184.htm

とくに重要なところを紹介します。公会計化したあとの業務の流れは大きくかわりました。次の図の赤字のところです。市の仕事は増えてしまいますが、学校側の仕事はゼロにはならないにせよ、相当減ります。

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出所)塩尻市教育委員会資料

 

塩尻市によると、「公会計にすると、未納が増える」という反対意見や懸念する声も多くあったのですが、ふたを開けてみると、未納はむしろわずかに減ったということです。これは、市職員が債権回収マニュアルをつくって頑張ったことや、児童手当から天引きすることができるようになったことも効いていると思われます。

 

もちろん、どんな方法にも課題はあると思います。しかし、いまの方法が本当によいのか、対症療法的な対策ではいけないのではないか、今一度振り返ってみるべきです。すでにさまざまな工夫や努力をしているところもあることですし。

 

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防災頭巾で子どもを守れるの?

今年から、子どもの小学校のPTA活動にも少し関わっています(副会長やってます、どこまでお役に立てるかはわかりませんが)。

PTAの会議である保護者の方から、こんな内容の話がありました(ぼくが記憶している範囲なので、若干ニュアンスなど違うところもあるかもしれません)。

各家庭で防災頭巾を購入することになっているんですけど、保育園ではヘルメットになっています。ある外国暮らしの長い方が、頭巾で子どもを守れると思っているなんて信じられない、と発言されたことがきっかけになったと聞いています。小学校でもヘルメットを常備することは検討できないでしょうか?

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http://daianshin.com/SHOP/18007/59038/list.html

 

なるほど、という指摘でした。防災頭巾は、日ごろは座布団代わりにもなる便利品ですが、どれほどの衝撃に耐えられるのか、心もとないですよね。防災頭巾は、関東地方などでは1970年代に広まり、それからずっと続いているようです。西日本では、防災頭巾もヘルメットもない、という地域が多いようです。こうした”伝統”、たしかに一度よく考えてみる必要があるかもしれません。

www.nikkei.com

学校としては、予算がないこと、家庭負担で購入してもらうとしても、いまのご時勢、家庭負担を増やすことには慎重に検討したいこと、置き場所が悩ましいこと、折り畳み式ヘルメットだと場所の問題は少なく済むが、低学年の子ができるかどうか、などの話もありました。ある保護者の方からは、ヘルメットの耐用年数が5年なので、1年生のとき買って、それを6年生では使えないという話も出ました。

 

そこで、ググってみたのですが、防災頭巾の安全性については国民生活センターという公的機関が2010年に調査した結果を報告しています。

http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20100901_1.pdf

 

こちらの内容をざっと読みますと、次の点が気になるポイントです。

  • 表示などで防炎性能を謳っていても、自己消火せず燃焼が続き焼失するものがあった。
  • 日本防炎協会認定品の場合、防炎性能は安定している傾向にある。
  • 衝撃吸収率としては、50%前後のものも多かった。
  • ただし、防災頭巾の衝撃吸収性能試験は、5kg のストライカーを 10cm の高さから落下させるが、災害時の落下物から頭部を防護するヘルメットは、防災頭巾とは異なり硬い素材を使用し、その規格ではストライカーの落下高さも防災頭巾の 10 倍の高さから落下させて衝撃吸収試験を行うことから、防災頭巾よりかなり高い衝撃吸収性を有しているものと考えられる。
  • このため、防災頭巾は、書籍などの軽量な落下物からの保護用であると思われる。
  • 経年劣化や洗濯などによって、防炎性能も衝撃吸収性も低下する例がある。

つまり、防災頭巾は火の粉を防いだり、本の落下などから守るという点では、ある程度有効なこともあるが、重いものが落ちてきたとき等には役立たない可能性が高い、ということです。しかも、劣化したり、使い方によっては綿が偏っていたりもするので、防炎という点でも、衝撃吸収という点でも、安全でない場合も出てくるということです。

もう少し場合分けすると、想定する災害によって備えは異なると言えそうです。

火災(地震に伴う火災を含む)の場合は、防災頭巾のほうが有効。地震での落下物等の対策としてはヘルメットということでしょう。体育館などが避難場所になりますが、天井は耐震化されていないことがあるそうです、コワ。。。

欲を言えば、両方あってよいということなのかもしれません。

ただし、もうひとつ想定が必要です。言うまでもありません、津波です。その場合は、何よりも高いところに早く避難することが最優先ですが、防災グッツとしては、ライフジャケットがあったほうがよいのではないでしょうか?多少のショック吸収にもなりますし、溺死する確率を少しでも低下できると思います。

千葉の沿岸部のある小学校ではライフジャケットを備えて、訓練もしているとあります。

御宿町立御宿小学校ホームページ「ごりんのひろば」

 

今回の防災頭巾に関連する話、内田良先生の『教育という病』という本で述べられている「教育リスク」のひとつかもしれません。30年、40年続いてきたことについて、「まあ、大丈夫だろう」、「ないよりはマシ」という楽観的な思考でいたのではないか、ぼく自身を含めて反省したいと思います。

また、学校や地域によっては、防災頭巾を親(多くの場合は母親かと)の手作りでというところもあります。わが子を思ってという美談ですが、本当に自分の子どものことを思うなら、その性能で大丈夫かを案じるべきです。

もちろん、気にしたらキリがないということもあると思います。肝心の家庭ではどうなっているかと言われれば、うちはヘルメットなどもっていませんし、心もとない。。。通学路での被災も心配だからといって、毎日ヘルメットかぶらせよう(かぶろう)とは思わないでしょう。

通学路などは、ある程度、日常の便利さとリスクは、天秤にかけざるを得ないと思います。

しかしながら、備えられるところはやっておくことにこしたことはありません。この商品がいいかどうかは知りませんが、たとえば、折り畳み式のヘルメットを付けた防災頭巾というものもあるらしく、3800円です。5年使えるとしたら、仮に家庭負担(自治体予算ではなく)としても、そう高くはありません。

yellow-inc.com

ヘルメットを置く場所に困るという意見は、実際問題としてはあるあるですが、そう深刻でしょうか?折り畳み式ならかなり収納は便利そうです。また、どの教室でも掃除用具を入れる場所があるなら、防災グッツのほうが優先のような気が個人的にはします。PTAのある保護者は、椅子の下にヘルメットを入れておけるネットを手作りしてみた、という方もいました。

ライフジャケットは、地域によってはライオンズクラブや日本釣振興会(そんな団体があるんですね~)が寄贈されていることもあるそうです。

平成28年度の救命胴衣(ライフジャケット)寄贈先 – 公益財団法人 日本釣振興会

それに頼りきっていいかは微妙ですが、そういう方法でそろえるということもある、ということです。津波の危険な地域は、普段はマリンスポーツに親しめるわけですから、スポーツ団体等とも相談していけば、訓練への協力など、なにかと進展があるかもしれません。

子どもたちの安全のために、大人は思考停止せず、実現する方法について知恵を絞っていくべきだと思います。

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全国学力テストの大きなギモン4点

今日は全国学力・学習状況調査が行われました。小中の約3万校、200万人の子どもが参加する一大国家プロジェクト。今回は10回目。エビデンスを収集して、教育政策や学校運営、授業改善に活かすということはとっても大事だと思います。その意味で経年比較や専門的な分析ができるこの手の調査は貴重です。

しかし、当然、膨大なコストもかかっています(文科省の予算だけでも50億円)。先日、文科省の専門家会議は、今後も悉皆かつ毎年度実施すべしと述べていますが、費用対効果はどれほど、エビデンスベーストで(因果関係などを推定する科学的な根拠付きで)分析されたのか、気になるところです。

全国的な学力調査の今後の改善方策について(まとめ):文部科学省

※写真は今はだいぶ散りましたが、先日の近所の風景

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また、理念やねらいがよくても、運用がそうなるとは限らない、典型的な例がここにあります。今後は政令市別の結果も公表する方針ですから、地域間競争はより激しくなるでしょう。以前書いたリンク先のブログの内容は、反論も多々あると思いますが、みなさんの学校、教育委員会は大丈夫でしょうか?

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少なくとも、次の4点はよく考えてほしいです。

  1. 平均点を重んじる信仰はやめませんか?たとえば、下位層の子ができるようになる、伸びることのほうが大事ではないですか?
  2. 貴重なこの4月に学校、学級が行うこととして最優先は、学力テストの対策ではありえません。まずは学級づくりや若手教員等のスタートアップを支援することでありましょう。
  3. 自治体独自のテストを行っているところは、本当にどこまで、何のために必要ですか?地域によっては、その設問作成や採点作業に現場の教員が駆り出されています。これでは、教員の負担軽減など言っても、ウソっぽく見えて当然です。その労力があるなら、全国学力テストの活用をもっと進めることが生産的だと思います。
  4. 以上3点はなにもぼくような者から言われなくても、関係者の多くは、気づいているはずです。仮に、「おかしいな」と思っても、声をあげられない、検討できない風土だと、学力テストをやる以前の問題が大きいと思います。

 

きょうは辛口にしましたが、大きな問題だと思うので。このへんで~。

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自分の子どもを大事に思うなら、誰に気を付けたらよいか

我孫子・松戸の痛ましい事件を見て、保護者会代表をするほどの熱心な人であっても信用できない、もはや誰を信じたらよいのか、という論調がある。たとえば、次の新聞記事。

news.yahoo.co.jp

感情的には理解できるが、一事が万事と見てよいものか?2つのギモンがある。

ひとつは、最新の犯罪統計(平成28年版 犯罪白書)を確認すると、被害者を児童に限ったデータではなくて全体だが、殺人に至ったケースで約半数が親族によって起こされているのである(この親族とは親、配偶者、子が多い)。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/63/nfm/images/full/h6-1-5-01.jpg

 

つまり、データが教えるのは、自分や愛する人の命を守りたいのであれば、一番気を付けるべきは、不審者でも、知人でもない。親族ということである(ただし、これをもって不審者対策などを軽視してよいという意味ではない)。なお、犯罪の種類によって傾向は異なる点には注意。

ふたつめは、殺人などの重大犯罪よりも、交通事故をはじめとする事故死が多いことだ。下記のリンク先の厚労省のデータによると、5~9歳の死因として、不慮の事故が一位で26%である。

厚生労働省:死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合

 

ちなみにこのデータを見ると、10代後半、20代、30代の死因のトップは自殺であり、3~5割も占めている。このほうが、純粋に数の比較だけで言うならば、たいへん暗くて深刻な現実だ。

つまり、児童の見守りや交通安全活動というのは、児童にとって顔見知りの大人が増え、その人から犯罪リスクにあう確率はたしかに存在するけれども、おそらくそれ以上に、発生頻度としては多い交通事故を、かなり回避している確率のほうが高いということではないだろうか?

 

以上2点を考えると、うちの子どもたちのことを思っても、やはり、保護者や地域の方による交通安全活動、見守りは、ありがたい存在だという気持ちに変わりはない。

 

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熱心に情熱もってやってるんだったら、長時間労働でもいいじゃないか説を疑おう

はや金曜日、みなさん今週もよく頑張りましたね(週末もお仕事の人は、あとひと踏ん張りでしょうか)。

さて、最近、学校の多忙化や教職員の負担軽減の関係で、取材を受けたり、講演依頼をいただいたりすることが増えています。そういうこともあり、いくつか熱心そうな教育委員会や学校の取組を多少は存じていますが、心配なことがあります。

ファイティングポーズだけは事態はよくならない

それは、次のような症状が見え隠れしている、ということです。

  1. とりあえず、研修やっとけ症候群
  2. 教育委員会からの調査依頼の精選、部活動の休養日設定、教員の勤務実態の把握など、ファイティングポーズはとってるぞ病
  3. 最後は校長のリーダーシップ次第という、力量ある校長依存症

1~3を全否定するつもりはありません。できることからやる、というのは、とても大事なことですし、研修や調査依頼、部活休養日、勤務実態把握、校長の役割なども必要だとは思います。

しかし、大きなギモンは、Why?(なんでそれすんの?)とSo what?(それでどうなるん?)の議論が抜けているのではないか、ということです。

So what?とは、つまり、上記のアイデアをちゃんと実行できたとしても、どの程度多忙化の改善・解消に影響するだろうか、というギモンです。校長依存の場合は、力量のない校長の学校は放置しておいてよいと言うのでしょうか?

しかも、「ちゃんと実行できたとしても」と先ほど書きましたが、部活の休養日さえ、なかなか現場では抜け道を探したりして、守ろうとしない人もいるのです(長野県などの先行例がそのことを示唆します)。

焼石の水とは申しませんが、多忙化の本質的な問題や課題を十分吟味したと言えるでしょうか?

なにかやっているポーズをとらないと、議会や教職員組合、メディア等から突き上げが来てもいけないし、という発想で動いている、ということはないですか?

たとえば、多忙化の問題が注目されると、多くの教育委員会等でやろうとするのが、タイムマネジメント研修、ワークライフバランスの啓発講話、労働時間の実態調査です。そうしたこともしたらよいとは思いますが、その程度で事態が好転するなら、とっくの昔に、多くの地域で問題は解消されているはずです。

 

多忙化の問題の根深さはどこから来るのか?

ぼくは、もっと問題の根深いところにメスを入れていかないと、なかなか事態はよくならないと思います。

そのうちのひとつが、教職員のなかには、長時間労働であっても、熱心に前向きに取り組んでいるのであれば、いいじゃないか、という意識が強い人も、けっこういることです。つまり、多忙化が大きな問題だと、いくら校長や、行政や、世間が騒いでも、当の本人はイマイチ納得していないので、本気で変えようとしないのです。こんな感じです。

※けっこう熱血なX先生の意見

  • 多忙化の問題は、結局は多忙「感」の問題なんですよ。
  • つまり、子どものためになると感じられることなら、多くの教師は進んで多少の長時間でもやりますよ。たとえば、部活や教材研究などはそうです。それで長時間労働でも、多忙「感」はあまりないんです。意味のあることをやっているから。
  • 問題は、書類事務とか、何に使われるかよくわからない調査依頼への対応だとか、必要以上にしつこい保護者への対応とか、疲労感、多忙感を増すものも多いことですよ。
  • ”学校はブラックだ”とか大きな概念で批判して、情熱をもって教育に取り組んでいる人の頑張りを否定してはいけませんよ(プンプン)!

みなさんはどう思いますか?みなさん自身あるいは周りには、X先生の考えに近いという人も多いかもしれませんね。

ぼくもX先生の見方に賛成の部分もあります。たしかに多忙感を募らせることの解消も図っていくべきだと思いますし、教師の情熱も大切だと思います。

しかし、「熱心に情熱もってやってるんだったら、長時間労働でもいいじゃないか」説にはギモン、違和感もあります。

生徒思いの熱心さや情熱という美しい概念で、長時間労働の負の影響を過小評価していると感じるのです。

多くの人は見たいと欲する現実しか見ていない

ぼくは研修などの際に、こんな話をしています。↓

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ひとつは、大著『ローマ人の物語』で塩野七生さんがもっとも好きだと書いていたカエサルの言葉です。「見たいと欲する現実しか見ていない」という言葉は痛烈です。ぼく自身にもそういうところはもちろんあると感じますが、学校や教育行政でもどうでしょうか?

先ほど述べたように、熱心さ、熱血教師、献身性という光にばかり見て、その影を見ようとはしていないのではないでしょうか?

その影のひとつとして、長時間労働の負の側面ということで少なくとも3点指摘できると思います。

長文になってきたので、詳しくはまた今度にしますが、最後の3つ目も大きなポイントです。熱心だから、前向きだからといって、長時間労働を続けさせていたら、その人の経験の幅が狭くなり、「子どものため」と思って熱心なのに、結果的には「子どものためにならない」ことにもなっていくということです。

この点について、少し前の記事ではもっと具体的に解説していますので、あわせてお読みください。

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長時間労働のままだと何がまずいのか、その点についての納得感が高まらないと、いくら研修をやろうが、実態調査をやろうが、アドバイザー等を派遣しようが、先生たちの本気度はそう上がりませんし、学校は変わっていきません。ぼくはそこをなんとか、こじ開けていきたいと思っています。

 

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シュフ目線で見た本気の家庭支援とは?

遅くまで働いていたサラリーマンのときよりは、ちょっとは家事育児を増やしている妹尾です。自称”シュフシェフ”です(あっ、また肩書が増えた~)。長男のお弁当を今日も作りました。エラすぎ!

※ブリの煮つけは昨夜のうちに。黒豆は出来合いものを入れただけ。アスパラをゆでた湯で、そのままウィンナーをゆでる。卵焼きは小5の長女作。

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ところで、国会では、いま、「家庭教育支援法案」というのが検討されているそうな!?次の記事が、その問題点等についてわかりやすく解説してくれています。

headlines.yahoo.co.jp

一部引用します。

核家族化が進む昨今、国や地域ぐるみで家庭教育を支援することが緊要な課題だという問題意識の上に立ち、自民党を中心に議員立法で法案が作成され、現在は国会提出を待つばかりの状態にある。・・・

広田照幸・日本大学教授は、そもそも法案が前提としている「核家族化が進み、家庭内での親子関係が希薄になっている」などといった現象はまったく事実に反したもので、「思い込みで今の家庭や子供たちを決めつけて、そのうえで法律を改正しようというのが、現状認識で非常に大きな問題」だと指摘する。 

なるほど。昔はよかった系の思い込みって、よくありますよね。たぶん、このイメージの刷り込みにNHKのドラマなども相当加担していると思いますけど。(今回の朝ドラ、楽しみに観てますよ!)

広田先生の指摘についても検証は必要でしょうが、専門家の研究成果等にわたしたちはもっと耳を傾けておくべきでしょう。この件にかぎらず、事実認識があやふやなまま、思い込みで走ってしまう政策というのは少なくありません(ゆとり教育批判とかもね)。

常識的に考えても、いまでさえ、家事は相当の労働です。昔は、洗濯機も、乾燥機も、お風呂沸かすのも、炊飯器も、電子レンジも、掃除機やルンバもなかったのですから、なおさら家事負担は重く、親が子どもをしっかり見れていたなんて思えません。農業が主体で、その分、家に親がいる家庭は多かったのかもしれませんが、家にいる=子どもの教育がしっかりできる、とは限りませんよね、これは今も同じですけど。はい、自分への反省を込めて書いています。

政治家の先生はあまり家事しなくて、このあたりの情景を想像できないのかなあ???

家庭支援や家族のことへの介入に公権力は慎重であるべき、との主張にも賛成です。ぶっちゃけ、放っといてくれって感じもしまうよね。

でも、家庭支援を本気でやるなら、次の4点を検討、議論したほうがよほど生産的だと思います。財源が問題ですが。。。みなさんは、どう思いますか?


1)保育園を増やすことと保育士の待遇改善

要するに、親と子どもを密着させようとするよりは、むしろ一定の時間は離すことを重視する考え方です。育児していると実感できると思いますが、小さい子にずっと付きっきりは、多くの場合、疲れます。一定の時間は子どもから離れたほうが親の精神上よいと思います。子ども同士での学びもできますし。

また、保育士になりたい、続けたいという方を増やすための施策も必要です。

 

2)家事支援やベビーシッターの資格化や利用への経済的な支援

誰にでも子どもを預けられる、留守の家を任せられるわけではありません。やはりそこは信頼関係ですが、なにかしら、公的な機関がこの人は一定の研修などを受けてしっかりしていると保証してくれたほうがよいのでは、と思います。うつぶせ寝での乳幼児の死亡などもありますし。

うちは友人に週3、家事支援をお願いしています。ほんと助かっています。

 

3)給食を夏休み・冬休み等でも提供する

ただし、教員の負担にするのは反対です。財源が問題ですが、通常期より高くしてもニーズはありそうな気がします(いまの給食費は材料費だけで人件費等は市町村負担です)。家計が苦しい家庭には無償にするなど別途支援をすればよい。調理員さんも非常勤職員の方で、夏休み等で収入がなくなるより、いいのでは?

 

4)長時間労働の是正

言わずもがなですが、家庭でとくにお母さんがしんどい思いをしている背景のひとつが、夫の家事・育児が少なすぎるからです。はい、これも自分への反省を込めて書いています。

一番の家庭支援は、精神論や地域で家庭を支えようなどという発想ではなく、17時や18時でしごとを終えて家に帰れる人を増やすことかもしれません。

 

今日はこのへんで。ステキな一日を!

★ちょっとお知らせ~
4月15日に学校の多忙化をテーマに、「元気な学校づくりゼミ ~”部活のこれまでとこれから”から考えよう~」の勉強会を開催するよ。参加者募集中です。

www.kokuchpro.com

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★関連記事

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★国の学校業務改善アドバイザーになりました★

みなさん、こんにちは。この4月から文科省の事業で学校業務改善アドバイザーの派遣事業というのが始まりました。5月15日まで希望を募って、その後(6月頃から)活動開始です。ぼくも21人いるアドバイザーの一人となりました。ぜひこの事業、ご活用ください! ※21人の一覧などは下記のリンク先にあります。

平成29年度学校業務改善アドバイザー派遣事業:文部科学省


→都道府県・政令市の担当課
→(政令市以外の)市区町村の担当課
→必要に応じて学校

という流れで文書がいくと思います(ほかの文科省の通知なども、通常はこのルートのはず。実は国の文書の多くはダイレクトに市町村教委にはいきません。なんかこれもフシギなんですけどね。。。)

うちの学校に来てほしい!という方は教育委員会に聞いてみてくださいね。

ただ、業務改善や多忙化対策は、最近改めて注目が高まっているとはいえ、教育委員会のなかには、担当課がはっきりしないところもあります(横断的なテーマなので、行政としては苦手な部分もありますね)。みなさんのところは、ちゃんと文書届きましたか??

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学校業務改善アドバイザーを使うなら、賢くね!

アドバイザーと言っても、それぞれ得意、不得意、強み、コミットできる程度などはちがっています。その学校や地域の課題やビジョンに合わせて、活用できるところをしたらよいと思います。

具体的な話でいえば、一例として、部活動の負担の見直しをしたい場合でも、

  • 外部指導者の効果的な活用策などを一緒にねっていきたい
    →外部指導者活用の実績のある教育委員会所属のアドバイザーが得意
  • 教員側の意識改革を図りたい。校長からも話をしているが、エライ人の話のほうが聞いてもらいやすい
    →大学の先生でこのテーマにもちゃんと言えるアドバイザーがよい
  • 休養日を設定するにせよ、部活数を縮小するにせよ、保護者への説得を含めて、コミュニケーションをよくしていきたい
    →すごく得意という人は多くなさそうだけど、たぶん教員出身の方でこのテーマに大変苦労・工夫されたアドバイザーがよい

など、問題意識や課題によって、活用方法や人は変わってきます。当然ですけど。

ほんとは何度も熱心に足を運べるといいかもしれませんが、ひとつの教育委員会あたり年間3回程度が基本となっているので、そうたいした頻度ではいけませんし、できることも限られます(教育委員会の独自施策や校長会の研修などと合わせ技にすると、もっと頻度は高められたり、工夫はできますけどね)。

そうであれば、なおさら、外部人材を使うなら、学校側の都合のよいように、賢く使うべきです。多忙化対策のためのものが、かえって多忙にしてしまってはもちろんいけませんし。また、複数の関心・課題があるなら、できれば複数のアドバイザーがチームとなって支援したほうが効果的だと思います(時間等が許せば)。

学校に必要なのは、アイデアを出し合う場と行動を決めること

逆にいうと、課題認識がいまひとつはっきりしない、という場合は、まずはよく学校のなかなどで検討してほしいと思いますが、そこに外部の人間を入れて、研修やファシリテートをしてもらうといった手はあります。

しかしながら、多くの場合、教員の側にもいろいろ改善したい問題意識やアイデアはあるものです。また、一般の教員以外の目線、たとえば、事務職員や養護教諭、学校支援ボランティアの方などに聞いても、たくさんアイデアは出てくると思います。まずはそんな場づくりを、ぜひ考えてみてください。

ただし、アイデア出しして満足でもいけません。行動、実践してなんぼの世界です。これは企業等でも同じですが、「話して満足」、「会議して満足」症候群が実に多くあります。注意、注意。

オーソドックスでシンプルな方法は、出てきたアイデアのうち、いっぺんにあれこれはできないから(多忙が多忙を呼びますよ)、いくつかに絞ったうえで、

  • 担当者(あるいは担当チーム)
  • ねらい(目標)※手段が目的化しないように注意
  • 具体的な行動内容
  • 期日
  • フォローアップの方法 ※やりっぱなし、決めっぱなしはいけない

の5点は、ラフでもよいで、大方決めておかねば、みんな暇な人はいないわけですから、どんどん後回しになっちゃいますよ。

アイデアを絞る方法はいろいろあります。簡単なのはみんなで投票してしまうことです。それから、多忙化への影響(要するに実現できると時間削減効果が高いもの)を優先するなどの基準を決めて選ぶのもよいと思います。

研修をするだけではダメ。行動を決めて動き出さないと多忙感は増える。

研修講師をしているぼくが言うのもなんですけど、忙しい学校をどうするかという問題について、ふつーの研修だけではダメだと思っています。

この手の派遣事業や教育委員会等の施策では、よく研修をまずやろうとするんです。やれタイムマネジメント研修だ、組織マネジメント研修だ、業務改善講習会だ・・・。

知識や情報は、あったほうが断然よいです。たしかに、学校の管理職は教科指導や学級運営は得意かもしれませんが、マネジメントなどのトレーニング経験は弱いです。

しかし、本当の問題は、一般的な知識や情報の不足にあるのではない、と思います。

行動できていないことが問題であり、その背景のひとつには、何を優先度高くやったらよいかがわかっていないこと、あるいは、決められないことです。

研修や意識啓発系の事業を組むなら、そのへんもよく考慮しておきたいものです。ぼくがやるなら、上記の行動プランをつくらせるところまでやりたいですし、理想的には、校長がトップダウンだけで号令をかけるのではなく、教職員のアイデアを出したうえで、入念にコミュニケーションして実践したいです。

そうしないと、納得感高く、優先度高くやろうと、先生たちは思わないので。学校のむずかしいところは、トップがやれと決めるだけでもダメというところ。個々の教員の実践にならないと、学校は変わりません。

ぼくが研修講師をつとめたある中学校では、1つでいいからと、各先生にアクション(行動案)を書いてもらって、シェアしました。それを事務職員の方が印刷機の前にずら~と掲示してくれました(コピーするついでに目にとまって意識させようとしたわけです)。

データと志とアクション(行動)を大切にしたい

学校業務改善アドバイザーの自己紹介として、ぼくが書いたことは次の点です。

  • 野村総合研究所にて全国各地の学校づくりのグッドプラクティスを調査・分析(組織マネジメント、学校評価、地域とともにある学校づくり等)。2016年から独立しフリーに。
  • 文部科学省(学校マネジメントフォーラム)、教員研修センター、地方公共団体(東京都ほか多数)、校長会・教頭会、事務職員研修会等で講演・研修を行うほか、全国各地の小中高を訪問、取材・コンサルテーション・校内研修のファシリテーション等を実施(テーマ:学校マネジメント、業務改善・学校改善、チーム学校、地域連携、カリキュラムマネジメント等)。
  • 「教職研修」「高校教育」「学校事務」「日本教育新聞」等の教育関連誌への掲載多数。主な著書「変わる学校、変わらない学校―学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道」(2015年)。現在、多忙化問題・学校改善に関する本も執筆中。
  • 学校文化や学校運営のむずかしさをよく理解しながらも、教員にはない視点から、その学校のよいところを見つけること、重点課題を分析することを得意としている。
  • 業務改善について、テクニカルな方法論だけではなく、教職員の理解と納得を得ていくこと、教職員が自分の生き方や教師像・事務職員像を振り返り、改善しようとする意欲を生み出すことを重視。データと志とアクション(行動)の3つを大切にしながら、組織マネジメントと業務改善を一体的に進めるよう支援したい。

 

そうそう、関連して、先日文科省に挨拶に行ったところ、

文科省のKさん:妹尾さん、ちょうどいいところに。で、聞いてます?
妹尾:え~と、なんの件でしたっけ?今日はたまたま近くに来たので、寄ったんですけど。みなさん、異動もあったし。
Kさん:いえね、ちょうど業務改善アドバイザーの委嘱状をお渡ししようと思っていたら、今日ちょうど、テレビの取材が入ってて、渡すところ、撮りたいって言うんですよ。
妹尾:ん~、どこまで信じたらよいのかな・・・(たまに冗談を言う方なので)
Kさん:ドッキリじゃありませんよ~。
妹尾:え~、だったら、もっとちゃんとした格好で来たのに~

という出来事がありました。うつるかどうかわかりませんが、どうも多忙化をテーマに特集番組を作っているとのことです。放送されたら、みんな、観てくださいね(笑)

 

★ちょっとお知らせ~
4月15日に学校の多忙化をテーマに、「元気な学校づくりゼミ ~”部活のこれまでとこれから”から考えよう~」の勉強会を開催するよ。参加者募集中です。

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【忙しい学校 どうする?】入学式・始業式の日はもっと後ろにしたら?

入学式シーズンですね。サクラはちょうどよい感じでしょうか?

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今日は、タイトルのとおりで、入学式・始業式の日はもっと後ろにしたら?について。

今年のようなカレンダーの場合、入学式までわずか2、3日しかなかった学校も多かったのではないでしょうか?通常の年でも、この時期に入学式をすると、年度明けの準備は1週間もとれません。

これはかなりしんどいのでないか、と思います。大きな理由は3つです。

①新人教員をはじめ、経験の浅い教員が増えるなかで、授業準備や学級運営が追い付かないのでは?

なんどかこのブログでも書いていますが、学校での新人教員の扱いは、かなり危なかっしいところがあると感じています。2、3日後に、すぐに教壇に立つのです。事前の研修などをしている教育委員会もありますけれど。すぐに授業や学級担任というのは、かなり無茶振りなところがあると思います。

それよりも、たとえば2週間程度、準備期間があり、模擬授業をしたり、同じ学年集団の同僚とよく話し合ったり、教材の共有化を進めたりしたうえで、子どもを迎えるほうがよい授業ができるのではないでしょうか?

 

②部活の顧問をバタバタのなかで決める弊害

これも何度か書いていますが、部活にたいへん熱意のある先生も多い一方で、やりたくない人やもっと軽く運営したい人もいます。在校生の練習の面倒もありますが、やはり、新年度はじまるバタバタの時期に、顧問を決めるとなると、十分にこうした多様な意見や思いを引き出せないと思います。ともかくみんなで頑張ろう、やるっきゃないといった精神論、同調圧力にならないか、心配です。

 

③各種計画を入念に検討せずにつくるから、よけい形骸化

学校の目標や経営計画、年間指導案などをこの時期に決めていくと思います。しかし、このバタバタの時期にやるから、カタチだけの魂のこもったものにならない、のではないですか?

もちろん、必ずしも、時間をかけたらよいというものでもありません。しかし、少なくとも、新年度の新しい教職員体制のなって、アイデアをいろいろ出して、なるべく多くの人の本気度や納得感の高い計画等にしたほうがよいと思います。

 

以上3点を考えると、入学式、始業式を4月5日~7日前後に早々にやることのメリットよりも、デメリットのほうが大きいのではないか、と感じています。みなさん、どう思いますか?たとえば、4月中旬にずらすのはダメですか?

想定されるギモン、反論へのぼくのアイデアは次のとおりです。

 

Q:保護者としては早く学校始めてほしいよね。

A:そのとおりです。ぼくも4人の親なので、痛いほどわかります。しかし、学校は保育園ではありません。学童などを活用される方もいるでしょう。家庭事情で始業時期を決める必要性は低いと思います。

 

Q:授業時数が足りなくなります。

A:アホですか?あっ、失礼。。。じゃあ、なんで夏休みはあんなにあるんですか?夏休みを短くするなど、対応はできるでしょう。ぼくは入学・始業を1週間でも後ろにして、夏休みもずらす、のほうがメリットは大きいと思いますが、いかがでしょうか?

それから、行事を精選している学校もけっこうあると思いますが、行事を見直すと授業にあてられる時間も増えるかもしれませんよ。

 

Q:早く学校を始めないと、子どもがちゃんとしません。遊んでばかりで心配です。

A:そういう子どももいるしょう(うちもそうかな)。でも、先ほどの回答とほぼ同じです。夏休みと春休みの長さを調整すればよいと思いますけど。

 

ほかにギモンやいまのほうがよい理由、あるいはもっといいアイデアがあれば、ぜひお寄せください!

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ぼくが中学生だったころ

みなさん、こんにちは。うちは4人の子育て中なのですが、ついに、一番上の子が昨日中学生になりました!

長かったような、あっと言う間だったような。入学式をおえて、昨夜はお祝いに長男のリクエストにより、焼き肉食べ放題に行ってきました。今朝もまだおなかが重いです。

※写真は中学校の風景。地元の公立です。30年前のバブリーな時期に建てられたせいなのか、概観はとてもオシャレです。

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最初の学活で担任の先生が、「中学の頃は一番こころが伸びると思う」とおっしゃっていたのが、とてもこころに残りました。また、校長先生は入学式で、「学校は安全に失敗ができるところ」ということを強調されていました。とても大事な視点だと思います。

うちの子にかぎらず、みんな、いろんな体験をして、ときには恋もして、失敗や試行錯誤しながら大きくなってほしいです。

ぼく自身は、中学の頃はとてもいい思い出も、恥ずかしい思い出も、たくさんあります。部活も、教員の負担という意味ではもっと持続可能なかたちにしたいという思いはすごく強いですが、同時に、自分の体験としては、すごく成長させてもらった感謝でいっぱいです(ちなみに、ソフトテニス部と音楽部を兼部するという、ちょっと変わった中学生でした)。

以下は、拙著『変わる学校、変わらない学校』のあとがきに書いたことを載せておきます。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 学校教育については、実に多くの方が、自身の経験や思い入れから語ります。それは、大変エネルギッシュで、社会を動かす力になることもありますが、ときとして、主観的で、根拠が危ういものになるケースもあります。一方で、現状を客観的にうまく説明できたとしても、そのメッセージは児童・生徒を目の前にして一生懸命毎日を送っている教職員にとっては、言われる前から自明のことであったり、「ではどうしたらよいのだ?」と問いたくなるケースもあったりします。

 そこで本書では、なるべく学校現場からは“付かず離れず”の立場で、優れた取組を展開する学校と停滞する学校、つまり「変わる学校、変わらない学校」の違いから得られたヒントを、なるべく理解しやすく、行動しやすいよう“翻訳”してきました。

 とはいっても、私自身本書を書き続けられたのも、教育問題に取り組もうと思ったのも、ある思い入れがあるからです。それは、中学生のときの原体験から来ています。徳島の人口1万人少しの町のたったひとつの中学校(現在は合併して1校ではありませんが、阿波市立市場中学校)は、当時、県内でもワースト5に入るという、かなり荒れた学校でした。生徒が吸ったタバコの吸い殻はあちこちに落ちているし、夜に窓ガラスが割れるし(尾崎豊の曲みたいですね)、女子生徒が女子を入院させる暴力事件もありました。

※写真は息子の中学校に飾ってあった詩の一節

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 これはなんとかしなければということで、当時県内でエース級の熱意と生徒指導や学級運営に実績のある先生が集まって編成されたのが、私がいた学年でした。中学生だった自分にはマネジメントや組織運営についてわかるはずもありませんが、この学年は、教員個々の力量以上に、学年チームとして目標を共有し、まとまっていたという肌感覚があります。今思えば、ずいぶん多忙化した職場だったと思いますが、勉強に付いていけない生徒には細かく放課後に勉強を見ている先生も複数いましたし、生徒指導は担任や分掌にかかわらず、学年全体や学校全体で取り組んでいました。

 「学校は変われる」―そう確信したのは、この中学校のときの体験からです。大人になって多くの学校を訪問調査したときは、「素晴らしい取組をしている学校や熱心な教職員は市場中だけじゃない、うれしい」と感じたものでした。

 本書は、「そんな優れた取組をもっと広げられないだろうか?」、「熱心な教職員が異動した後も継続して発展するようにできないだろうか?」と問い続けた結果をまとめたものです。すでに何度も繰り返していますが、「到達目標の共有」、「プロセスの設計」、「チーム・ネットワークづくり」という3点と、それらをつなぐ戦略をもって実践することが、「変わる学校と変わらない学校」の分岐点にあることを具体的に見てきました。さらには、学校の組織力を高めていくことが、地域づくりにもつながり、両者には相乗効果があることについても触れました。

 本書ではさらに分析や検証が必要な点もあろうかと思いますが、日本中の学校と地域がよりよくなるきっかけと継続に、少しでも貢献できれば、幸いです。ご感想やご意見、うちの学校はこんな取組をしているよという情報は、ぜひ本書の交流用のfacebookグループページ(本書名で検索してください)または筆者までお寄せいただけると、とてもうれしいです。

 ここに来て、つくづくアインシュタインの次の言葉を思い出します。

 

「過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望を持つ。大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。

Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow. The important thing is not to stop questioning.」

 

「教育とは、学校で習ったことをすべて忘れた後に残っているものである。

Education is what remains after one has forgotten everything he learned in school.」

 

本書を市場中学校の恩師の三橋先生、尾崎先生、西山先生らにささげます。

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

きょうはこれから朝ごはんと弁当をつくるので、このへんで。

シュフ・シェフですから(笑)

ひとつお知らせです。文科省の学校業務改善アドバイザー派遣事業というのが今年度スタートします。ぼくもアドバイザーのひとりとなっています。少しでもお役に立てればうれしいです!

※日経新聞2017年4月5日朝刊 社会面に名前が出たのははじめてだわ。。。

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※こちらの文科省ウェブページにも関連情報があります。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/uneishien/detail/1384196.htm

変わる学校、変わらない学校―学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道

変わる学校、変わらない学校―学校マネジメントの成功と失敗の分かれ道

 
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スイミーに感動ばかりもしていられない。同調圧力と戦う。

新年度が始まって2日。みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

どの学校でも、いまの時期は校務分掌といって、さまざまな分担が決まっている時期だろうと思う。部活の分担も重要なテーマのひとつだと思う。

学習指導要領を読むと、現行も次期も、部活動は「生徒の自主的,自発的な参加により行われる」ものであり、教育課程外(=正規の授業の外)という位置づけとなっている。

言い換えれば、各学校で部活はやってもいいが、やらなくてもいい活動というわけ。

このため、部活動の顧問は、生徒の自主的な活動に付き合っている、教職員の自発的な活動、というのが通常のタテマエだ。まだ勤務時間中であれば、校長が職務命令で指導に当たるように要請できるかもしれないが、多くの中高がそうであるように、勤務時間外まで顧問の仕事を押し付けるのは、筋が通らない。(法令上も、超勤が認められる要件として部活は入っていない。)本当は、「やるなら、好きな人だけでやってくれ」というほうが正論なのだ。

しかし、以上はタテマエであって、現実はそうはなっていないのは周知のとおり。平成28年度全国体力・運動能力等調査によると、中学校では部活動の顧問は「全員が当たることを原則としている」学校が87.5%と大多数であり、「希望する教員が当たることを原則としている」は5.3%に過ぎない。つまり、全員顧問のほうがほとんどの中学校の常識というわけだ。

おそらく、職員室で、「全員顧問なんておかしい」、「顧問やるかは選択制でいいんじゃないですか」と発言したとしても(そもそも、そうした声を出しづらいという人も多いと思うが)、「みんなで少しずつ分担するしかない」とか「顧問のなり手は他にはいない」とか、「やる気のある生徒のことを思え。休部を急に決めるわけけにはいかないんだよ」ということで、なかなか通らないか、かき消されてしまうと推察する。

でも、「子どものためになるから、みんなで当たるべきだ(多少の教員の犠牲はやむを得ない)」という発想は、一見まともに見えるが、本当は、危ういと思う。

そんなことを言い出すと、キリがないからだ。たとえば、将来はオーケストラで活躍できるのが夢だ、中学時代はそれに向かって放課後もいっぱい練習したい、という生徒がいたとしても(それも複数人)、オーケストラ部をつくらない学校のほうがほとんどだろう。日本の伝統文化も大事にしたいのなら、オーケストラ部を津軽三味線部に代えて考えてもよい(笑)

これまでも、限られた人と時間と予算のなかで、学校が面倒を見るべきことは選択しているのだ。仮に、バレーボールをやりたいという子がいる。でも顧問のなりてが、やりたくないと主張するA先生以外はどうしても見つからない、外部指導者も確保できない。となれば、生徒の自主サークルでやってくれ、とするしかないではないか?

無理やり、やりたくないA先生を顧問に据えてまで、部を存続させる理由は、どこにあるのだろうか?バレーボールの場合とオーケストラの場合のちがいはどこにあるのだろうか?合理的に説明できるのだろうか?

「前からやっていたんだし、頑張っている子たちもいるんだから、部をやめたり、縮小したりはしたくない」という気持ちはわかる。でも、だからと言って、学校はなんでも面倒を見ないといけないわけではないはずだ。

また、A先生がやらないなら、生徒がかわいそうだし、仕方ないからB先生が2つの部の顧問をやります、というのも、ムリがあると思う。B先生は部活専属ではないのだし、ほかのことにしわ寄せはこないのだろうか?

それに、こうなってくると、いかにもB先生は生徒思いのよい人で、A先生は自分のことばかり言う人みたいに職場の空気がなるのも、怖い。A先生もB先生も、本来勝負するべきは、授業や生徒指導や、ほかの学校運営であって、部活ではないでしょう?

本来は、有志の教員だけで顧問がまわらないくらい規模が拡大し、持続可能性の低い運営になってしまっている、部活の現状を見直し、教員で面倒をみる部活数を縮小するというのが正攻法ではないか?そこの議論から逃げている学校(教育委員会も)があまりにも多いと思う。

これを「今の4月に言っても、遅いですよ!」と怒る人もいるかもしれないが、顧問を決める今の時期だからこそ、少し立ち止まってよく考えておいてほしいと思う。

少なくとも、学校の先生たちに考えてほしいのは、A先生は勝手なやつで、B先生はいい人みたいな職場にして本当にいいですか?というクエスチョンだ。

 

部活にかぎらないが、「みんなで渡れば怖くない」的な発想は、そろそろ卒業するべきではないか?仮にも、思考力を鍛えることや、多様な価値観や生き方を考えるのが学校の重要な使命のひとつであるならば、集団思考や同調圧力に屈しない人材を育てることも、大事にしなければならない。子どもたちに求める前に、まずは先生やオトナたちから。

 https://i.vimeocdn.com/video/576110263_1280x960.jpg

小学2年生で習うスイミー、もう40年近くも、ある教科書には載っているらしい。スイミーの話はほんと感動するね、という気持ちを、ぼくは否定しない。しかし、このストーリーは、本来は、もっとクリティカルにとらえられてもよいと思う。

だって、スイミーが目になって、ほかの魚と協力して大きな魚に見せたって、食べられてしまうリスクもあったわけだ。みんなで協力するのは素晴らしいね、と美談にするよりは、「オレはそんな危ない橋は渡らないぜ、スイミーに同調したいやつだけでやれ」とそっぽを向く赤い魚がいても、よいではないか?むしろ、そのほうが魚たちの生存確率を高めることになるかもしれないのだ。

あなたのなかにも、あるいは近くの同僚にも、そんな赤い魚はいないだろうか?

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