妹尾昌俊アイデアノート

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妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

元気な学校づくりと地域づくりのヒントをお届けします!

むかしのウルトラマンは深かった~ジャミラと善悪のあいだ

ソーシャルなこと

先日、テレビで再放送されていた初期のウルトラマンを保育園の次男と観ました。ジャミラという怪獣が出てくるのですが、これが実は怪獣ではない、というんです。

「ジャミラ」の画像検索結果

ウィキペディアが的確に要約してくれています。

元々は、宇宙開発競争の時代に某国が打ち上げた人間衛星に乗っていた宇宙飛行士「ジャミラ」であり、正真正銘の地球人であった。

事故によって水のない惑星に不時着し、救助を待つ間に惑星の環境に身体が適応して皮膚が粘土質に変化した結果、ずっと欲していた水を不要として生きられる怪獣と化した。

母国が国際批判を恐れて事実を隠蔽し、救助を出さなかったために、見捨てられたことを恨み、復讐のために修理・改造して自由に姿を消す機能を搭載した宇宙船で地球へ帰還する。 

どうやったら、こんな姿に進化するんだ?という話はおいておいて、地球人だという設定がまず驚き。次に、母国が隠ぺいしたという点も、こうきたかという感じでした。

前述の適応ゆえに火には強いが、水が最大の弱点となっている。

アラン隊員を介して「ジャミラが元は人間だったという事実を公表せず、あくまでも1匹の「怪獣」として葬り去れ」というパリ本部からの命令を受けた科学特捜隊による人工降雨弾攻撃には苦しみながらも耐えるが、ウルトラマンのウルトラ水流には耐えられず、這いつくばって国際会議場の万国旗を潰し、赤ん坊の泣き声に似た断末魔の叫びを発して絶命する。

死体は科学特捜隊が埋葬して墓標を建てるが、イデ隊員はこの墓標を犠牲者(ジャミラ)に対する人間のエゴにすぎないと吐き捨てている。

やっぱりお偉いさんはジャミラを人間とは認めなんだな、勝手な奴らだと視聴者に思わせる展開。この回を見ていると、ジャミラがかわいそうで、ウルトラマンがいじめっ子みたいにも見えてくるんです。ハリウッド映画などにありがちな勧善懲悪とは遠い世界。

最後の「人間のエゴだ」というセリフは、この回の物語全体を象徴するすばらしい一言です。

どうしも、僕たちは物事をシンプルに分けて考えすぎるときがあります。どっちが善で、どっちが悪か。ネットなどでのすごい批判も、ほんとは0か100かの世界じゃないのに、あいつはけしからん的なすごい勢いになる。

似た話を『評価と贈与の経済学』というすごく面白い対談本から引用しておきます。

いま流行ってるなでしこジャパンで感動するのは間違ってないよね、と寄りかかっているだけ。あるいは、いまこの人やこの会社がバッシングされているから、自分としては特になんとも思わないけど、みんなとおなじようにバッシングしておけば間違いないよね、って。・・・社会がイワシ化してるんです。・・・イワシって・・・巨大な群れになって泳いでいる。どこにも中心がいないんだけども、うまくまとまっている。・・・そのときの流行りとか、その場限りの流れだけがあって、価値の中心みたいなものがなくなってうんじゃないかなと思いますね。

「イワシ化する社会」っていうのは、「脳化する社会」というのとおなじことだと思うんですよ。・・・ふつうならそんな極端なところまで行く前に気がつくはずの、極端に反生命的なことをして、「心が折れ」たりする。身体から送られてくる「こっちに行ったほうがよいよ、そういうことしないほうがいいよ」という生命についての情報を無視して、頭だけで考えているからだと思う。 

 

ウルトラマンというヒーローに熱狂するだけでない意図をむかしの製作者はもっていたのかな、と感じました。

評価と贈与の経済学 (徳間ポケット)

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