妹尾昌俊アイデアノート

妹尾昌俊アイデアノート~ステキな学校、地域、そして人たち

元気な学校づくりと地域づくりのヒントをお届けします!

【忙しい学校 どうする?】そろそろ、部活のこれからを話しませんか?

きょうは「部活動のあり方を考え語り合う研究集会」というのに参加してきました。部活顧問制などに悩む中高の教員の方をはじめ、100名近い参加があり、外は寒い1日でしたが、とてもアツイ、シンポジウムでした。

 

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校内研修で部活をテーマに本音をぶつけてみては?

「部活顧問やってくれません?もう先生しかいないんです~」といった職場での同調圧力はまだまだ学校では強いこと、部活に熱心な先生が評価される風土があることを指摘する方もけっこういました。

昨日ぼくはブログで、校内研修が授業研究に偏っているのは、どうなの?という話をしました。中学校でも平均して年間10回校内研修に使っています。

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授業研究メインの校内研修を1回や2回つぶしたとしても、「部活は今のままで本当にいいの?」「もっと持続可能にするにはどうするよ?」って話を学校のなかでもっとしていくべきではないかと思います。

喧嘩になるからイヤだとかは言わない。こういうテーマはむしろ喧嘩してでも、本音をぶつけ合うことがないと、お互い、ムリや不信になるのではないですか?

善意と献身性でいつまで支えるの?

ぼくは部活は要らないとは思っていません。教育効果もたしかに高いし、思い出に残るすばらしい取組も多いと思います。しかし、いまのやり方ではムリがあると感じます。みなさんの学校ではどうですか?教員の善意と献身性で支えるのには、もう、限界があると思いませんか?

職場の同調圧力というのも、本当はヘンな話です。

学校の先生たちは、学習指導要領を本当に読まれているのでしょうか?いまの(おそらく次期も)学習指導要領での部活の位置づけは中途半端なのは確かにそうですが、教育課程外の、生徒の自主的な活動、と書いています。つまり、やっても、やらなくてもいい自主的な活動です。

また、驚くことに、ここまで過重労働が調査等で明らかなのに、過労死等が争われた判例では、部活指導や付き添いは、教師の自主的な活動とみなしています(つまり校長の指揮命令のもとやっている活動ではない、ということ)。

これらを考えると、校長は(少なくとも勤務時間外は)部活の顧問をやれと命じることはムリがありそうですし、「みんなで分担しないとやっていけないから、そこはまあ、お願いしますよ」という理屈も、ヘンです。全員顧問にしないとやっていけないような、持続可能性の低い運営を見直すことが本丸のはずで、そこから逃げているのだと思います。

また、学校という場所は、戦前の反省と戦後の理念を見ても明らかですが、全体主義的な発想や権力の暴走に対して、批判的に見て、立ち向かえる力を育てる機関であるはずです。その学校で、当の教職員集団が、「イヤでもみんなでやるんだよ」という考え方では、非常に貧しい。むしろ、いろんな考え方を認めつつ(部活を目いっぱいやりたい方も、全然やりたくない方も、その中間の方も)、現実問題としてどうやっていくか対話していく、アクティブラーニングが必要です。まさに問題解決能力は子どもたち以前に、教職員集団に必要だと思います。

 

休養日の設定は次善策であり、本当の課題は別

部活のこれからのあり方というと、すぐ国や教育委員会の施策としては、休養日をもっと設けましょうとなります。

休養日が現状よりもあったほうがよいことについては、反対しません。しかし、部活について重要な課題は、そこじゃないと思います。学校で面倒をみる部活を減らしていくことだと思います。顧問をやりたくない、納得いかない先生も少なくないなかで、やりたい人で無理なく、楽しく部活運営できる規模にしていくことを考えるしかありません。これには外部指導者の活用や地域スポーツに返すということも含めてです。

生徒がかわいそう、生徒が、保護者が求めているは理由にならない

こんなことを書くと、「廃部なんかにすると生徒がかわいそうじゃないか。それでいいんですか!?」、「生徒も保護者もやりたいと言ってますよ。その子たちの声にこたえてあげたいじゃないですか!」という声が必ず、出てきます、教員のほうから。

その気持ちももっともだなとも思います。しかし、だからといって、過労死ラインを超えるような過重労働を続けさせてて本当にいいんですか?

生徒がかわいそうというと、どうですか?たとえば、バイオリニストになりたいという子がいれば、それに教師は徹底的に付き合いますか?あるいは、ジャズバンドしたいけど、楽器を買うお金がないんです、と言ってきたら?そこは家庭で、となっている学校がほとんどでしょう?

要するに、ポイントは、人もカネも時間も限られているんです。無尽蔵ではありません。だから、生徒がかわいそう、生徒の希望だと言っても、すべては叶えられません、できる範囲でやっていくしかありません、という当然の話です。なのに、部活についてだけでは、顧問教員の時間が無尽蔵とまでは言わないけど、土日もつぶすくらいの多大な時間を捧げても仕方なし、と捉えられているのは、オカシイでしょう?

部活問題の重要な部分は学校で決められる

教育委員会や文科省が動いてくれないと、という意見は、気持ちとしてわからなくもないですし、大会の規定や手当の問題などでは、国・都道府県の役割も大事だと思います。しかし、教育委員会等が一斉に号令をかけないと、学校は動けない、と言うのは、キビシイ表現かもしれませんが、思考停止だと思います。さきほど申し上げた、重要な問題から目をそらしているだけでは?

繰り返しますが、部活は、学校の判断でやめたり、減らしたりはできるテーマです。この点での権限も裁量も、文科省にはなく、教育委員会にもなく、学校長にあるのですから。

きょう登壇された中澤篤史先生の『そろそろ、部活のこれからを話しませんか?』はとても分かりやすく、これまでの経緯や論点が整理されています。朝読書の時間などに先生たちもこれを読んだうえで、校内研修で「そろそろ、部活のこれからを話しませんか?」というテーマで話し合う場をもってはいかがでしょうか?

そろそろ、部活のこれからを話しませんか 未来のための部活講義

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