教職員の残業規制を求める運動がスタート
昨日、「教職員の時間外労働にも上限規制を設けて下さい!!」という運動が始まりました。過労死された教員の遺族の方が手記を寄せてくださっています。この運動の賛否(後述)はともかくとして、「パパを返して」というこの手記は、多くの方に読んでいただきたいと思います。
自分の命を縮めて、家族に寂しい思いをさせて、子どもにとって「ひとり親」にして、、、。そこまでしないとできない仕事は辛すぎます。
報道もされています。
公立学校の教員は制度的に時間外勤務の想定がなく残業代も支払われず、労働実態に見合っていないとして、教育研究者らが一日、時間外労働を把握し上限規制を設けるよう政府に求めるインターネット署名を始めた。署名サイト「change.org(チェンジ・ドット・オーグ)」で、六月初めごろまでに四万人を目標に募り、松野博一文部科学相らに提出する。最終的に二十万人を目指す。
(東京新聞、2017年5月2日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017050202000253.html
ぼく自身は中途半端な言い方ですが、この主張には、半分賛成、半分反対
まだ、違和感のほうがあるので、ぼくは署名はしませんでした。読者の方に押し付けるつもりはまったくありませんが、その理由を今日は書きます。今後考えが変わるかもしれませんが、現時点での自分のアイデアを整理しておきます。反論、ご批判も歓迎です。
まず、賛成なのは、教員の長時間労働はこのままではいけない、というところです。過労死や病気になる方は一人でも減らしたい、起きない環境にしたいと切に感じています。また、そこまで至らなくても、早期に退職を余儀なくされたり、育児・介護とは両立できない、と諦めてしまう人が減るようにしたい、とも思っています。
そうでなければ、こんなにめちゃ時間かけて、何度もブログで【忙しい学校 どうする?】とか書きませんって!
また、すごく長時間の残業をしているのに、実質残業代がほとんど出ていないというのも、大きな問題です。先日ブログに書いたとおりですが、50年前から変わっていないのは、どう考えてオカシイ話です。ビートルズの時代からでっせ!?
悪いのは、本当に給特法なのか?
以上が賛成、共感するところですが、一方で、半分反対と書いたように、違和感もあります。もっともひっかかるのは、「時間外労働(残業)の上限を設けよう」というこのキャンペーンのメイン主張です。
詳しくは省きますが、現行制度はリンク先の文科省の説明のとおり、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(略して給特法)によって、公立学校教員の時間外勤務手当及び休日給は支給されず、教職調整額(給料月額の4パーセント)が支給される制度となっています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/031/siryo/07022716/003.htm
今回のキャンペーンや、中心となっている樋口先生らの主張(たとえば、総合教育技術5月号を参照。わたしのインタビュー記事も登場しています~)は、おそらく、次のロジックである、と理解できます。
- 給特法によって、公立学校の教員には残業代が出ない。(a)
↓ - 残業代を出さなくてよいので、学校側(校長等)は残業(休日勤務を含む)に無頓着でいられる。労働時間を把握する必要すらない、との意識になってしまっている。(b)
↓ - 企業では高額な残業代を出すことをためらうために、業務量の調整等が行われるが、学校はそういうインセンティブが働かない。(c)
↓ - 教員の残業が常態化する。(d)
↓ - 過労死基準を上回る長時間労働が横行する学校の「常識」を変えるため、直ちに時間外労働の上限規制を設けるべき。(e)
まず、上記のうち(a)と(d)は事実です。(d)は最近の勤務実態調査でも明らかです。
ぼくが特に問題にしたいのは (b)と(e)です。残業代を出す必要がない、あるいは残業時間の上限がないので、校長等は労務管理はなおざりでいい、と思っているのか?という問いです。本当にそうでしょうか?
そもそも管理職ならみんな知っていると思いますが、教員には原則時間外労働を命じることはできない制度になっています(超勤4項目の規定)。また、休憩時間の確保などは労基法上定められており、これは学校にも適用されます。
このように、見かけ上は、現行制度でも、かなり「手厚い」ともとれる保護があるにもかかわらず、教員の長時間労働は続いているし、悪化しています。
どうしてでしょうか?
問題の真因仮説①:学校にも教育委員会にも、労務管理については、法令遵守の意識が弱いから。
背景のひとつは、超勤4項目や労基法上の休憩時間の確保について、守る意識が学校側にも、また監督責任をもつ教育委員会(市町村立学校の教員については市町村教委、県立学校などは県教委)にも少ないから、という可能性です。
校長や教育委員会の職員なら、ほとんどの人が、学校現場は超勤4項目以外での残業が常態化している、つまり、超勤4項目で歯止めをかけたつもりだったのに、現実にはそれは形骸化していることは、知っています。
また、とくに小学校などでは、子どもがいる間はほとんど休憩時間をとれず、人間的な労働環境からは遠いことも多くの人は知っています。トイレを我慢する、という先生は実は少なくありません。
なのに、なぜ改善しないのか。まあ、法令上の原則は原則だけど、守らなくていいか、となっているからではないでしょうか?
道徳教育うんぬん以前の問題で、教育現場と教育行政には、法令遵守の意識に欠ける、と評すると言い過ぎでしょうか?
問題の真因仮説②:教育効果があればOK、コストは無視という価値観のせい。
仮説①とも関連しますが、超勤4項目以外で残業していても、それは、子どものためになることを教員がやっている、それはいいことなんだから、咎めないという意識が校長や教委には働いている、という可能性。
裁判でも、教員の時間外労働が争われた案件で、これは校長の命令ではなく、教員の自主的な判断によるもの、との見解を示したものがあります。つまり、教員は子どものためを思って、自主的に教材研究や部活動をしているのだ、形式上、タテマエ上は、校長は残業を決して命じていないということになっています。
なぜそんな実態にそぐわないタテマエがずっとまかり通ってきたかと言えば、校長も教委も、残業を続ける教員自身も、教育のため、子どものためなんだから、いいだろう、仕方がない、と思い込んでいたから。これが仮説②です。
言い換えると、教育効果があるというのは錦の御旗。コストはほとんど考慮しない、というわけです。
問題の真因仮説③:責任の所在があいまい、かつモニタリングがないから。
教員の労務管理の責任者は誰ですか?と問われれば、ややこしい問題があります。
地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第四十三条には、「市町村委員会は、県費負担教職員の服務を監督する。」とありますから、市町村立学校の場合は、市町村教委が監督はしないといけません(県立学校の場合は県教委)。同時に、校長も監督します(各自治体での学校管理規則等)。
つまり、市町村立学校の場合は、労務管理の中心は市町村教委と校長。しかし、政令市などを除き、教委には職員はそういないし、校長は身内みたいなもの(教育委員会の職員のなかにはその後で校長等となる人も多いです)。それに、学校や教育行政にはIT化も遅れている。これらの理由から、市町村教委では、ちゃんと労務管理できない。
結局、このキャンペーンにも書いているとおり、タイムカードなど労働時間の管理すらしない。予算措置ができないでいるところが多いのです。
つまり、ここではお互いに言い訳ができてしまいます。
市町村教委の主張:
労務管理ちゃんとやれ、と言われても、職員はいないし、現場監督である校長がまずはしっかり観てますから!ご安心を~。
校長の主張:
労務管理ちゃんとやれ、と言われても、タイムカードもPCログの把握もないしね~。観れる範囲では観てますよ、ちゃんと!あとは教委に少しでも働きやすい環境になるよう、要望してます。
こんな感じかもしれません。
もし仮説①~③のどれか(あるいは複数)が当たっていたとしたら、残業の上限を設けても効果は小さい。
「問題の真因仮説①:法令遵守の意識が弱いから」が仮に正しい場合
↓
残業規制があろうと、学校や教委は、ごまかそうとする。現にある市では、残業時間を月80時間超えるとややこしいことになるので、80時間未満にしなさい、正直につけるなよという”指導”が校長あるいは教委から入るところがあるらしい。
「問題の真因仮説②:教育効果があればOK、コストは無視という価値観のせい」が仮に正しい場合
↓
上限規制があっても、教員が自ら、ちゃんと申告しない可能性がある。あるいは自宅に仕事を持ち帰る。タイムカードをおさない休日出勤の横行などは現状でもとても多い。
職場の価値観としても、残業規制があったからといって、仕事が減るわけでもなく、子どものためには仕方ないんだよ、という空気が蔓延。事実上は現状とあまり変わらなくなる。
むしろ、残業上限までは働いくのが当たり前だ、という変な価値観を学校に増幅させてしまう危険性すらある。育児・介護などを抱えた人にとって、さらに働きにくい職場になるリスクもある。
★★★
ただし、教員に残業代が時間に応じてちゃんと払われるようになれば、仮説②の問題は幾分か、やわらぐ可能性はあると思います。教育効果はあっても、こんなに多額の残業代を払うほどやるべきか、という議論は学校内外から起きますから。
このキャンペーンが「教員に適正な残業代を支払え」であれば、ぼくは賛成していたと思います。
「問題の真因仮説③:責任の所在があいまい、かつモニタリングがないから」が仮に正しい場合
↓
誰も責任をもってモニタリングしないので、規制が守られているかどうか、ちゃんと報告されない。あるいは報告のための業務がまた増えて、学校現場はさらに疲弊する。
みなさんは、どう思いますか?どうもぼくは上記の理由から、残業規制でマシになるほど現実は甘くない、と思うのです。むしろ、マイナスの影響、リスクも懸念されます。
実際どうですか?給特法の適用外の国立学校の場合、たとえば、国立大学の附属小中学校などでは、研究事業がものすごく盛んです。それで夜中まで残って過酷な労働環境という例もあると聞いています。残業規制はちゃんと効いていないのではないですか?
※このへんは、ちゃんとぼくは調査していないので、事実誤認があればご教示ください。
かといって、現状がよいとも思っていません。
では、どうするか。対策例としては、仮説①、③にとくに関わりますが、PCログなどを校長を経由せずに自動集計して見える化する仕組みや、教職員が安心して使える内部告発の保護がほしいところです。
仮説②については、直接的には、管理職や教員の意識改革が必要ですが、同時に、教員の仕事を減らしていくことと、効率的にできることを変えていかないといけないと、学校現場の納得は得られないと思います。
長くなりましたし、今日はこのへんで。
★★★妹尾の考える今後の在り方の一部は、先日、日本教育新聞に取り上げていただきましたので、よかったらご参照ください。あるいはオンラインゼミでも議論していますので、ご参加ください。